[沈黙]勘違い。
ほてってのぼせていた頭が一瞬にして冷えた。
こちらを見るその冷たい瞳。
いかにもお嬢様といった感じのシャープなそのお顔。
その口に真っ赤に塗られたルージュが、こちらに向かって艶かしく動く。
「あなたなんか、フリード様の妻になんかは決してなれないくせに」
え?
「とんだ醜聞、よね。アルベルト様はお隠しになっているのかもしれませんけど、みていたらわかりますわ」
嘲笑するような唇。
でも、瞳は決して笑っていなくって。
「フリード兄様ももしかしたら知っていらっしゃるのかしら? あなた、兄様に求められたこと、もしかしてないんじゃありません?」
あまりの矢継ぎ早のそのセリフに、驚くと共に狼狽えて固まってしまった。
最初は、この子ももしかして誤解しているだけなのかしら?
そんなふうにも思ってはみた。
だけど。
「求められたことないんじゃありません?」
って。
そのセリフに。反論ができなかった。
だめ。考えちゃ、だめ。
だけど。
ベアトリーチェ様のその瞳。
わたくしを、傷つけたいだけ。
憎しみを、吐き出したいだけ。
それは痛いほどわかる。
ずっと、あの父の瞳に晒されてきたから。だから、わかる。
嫌いだと主張して主張して、絶対に分かり合うことなんかできない、そんな瞳だって。
だから、今のセリフだってきっと当てずっぽうだ。
根拠なんかあるわけない。
だってそもそも、彼女はこう言いたいのだ。
『わたくしはアルベルト様の娘に違いないから、フリード様とは腹違いの姉弟だから、だから結婚なんて形だけのもの。ふさわしくない、禁忌な、気持ち悪い、そんな関係なのだから』と。
それ自体は誤解だって、今なら堂々と主張できる。
でも。
それだけじゃないのもわかってる。
彼女の瞳に映る狂気のような妖しい光。そこにはシルビアの姿があるのだということも。
だから。そのシルビアのために。
わたくしをただただ傷つけたくてたまらないのだろうということも。
それも、わかっているのに。
目が離せなくて。
じっと、固まって、彼女のその唇を見つめて。
その唇がワナワナと震え出し、こちらをキッと睨みつけるところまで。
何も言えず黙っていた。
フリード様がグラスを二つ手にして戻ってくるのが見えて。
ベアトリーチェ様は、最後にもう一度わたくしをキッと睨みつけ、そのまま振り返り席から離れていった。
何も、反論をしてあげられなかった。
ちゃんと誤解を解いた方がいいのかも。そうも思ってはみた。
だけど、わたくしがグラームスお父様の子であるという証明がすぐにできない以上、誤解を解くにはまずフリード様がアルベルト様の実子じゃないということを話さなければいけなくなる。
でも、それは言えない。絶対に。
わたくしの口からそんなことを話すなんて、できはしないよ。だって。
「大丈夫? 何かあった?」
ピンク色のジュースのような飲み物が入ったグラスをわたくしに下さって、フリード様がそう心配そうに声をかけてくれた。
「いえ、少しお話をしていただけですわ。大丈夫ですフリード様」
なみなみと揺れるそのカクテルを少しだけ口にして。
コクンと飲み込む。
うん。
これだけは、言葉にしちゃ、だめ。
きっと、考えても、ダメ。
彼が、わたくしのことを血のつながっている姉弟と思っているかも、だなんて。
そんなふうに勘違いしているかも、だなんて。
それだけは、きっと、考えてはいけないことだと。
そんなこと無いと、信じたい。
だって、アルベルト様だって、フリード様には知られたくないのだと思うもの。
フリード様だって、アルベルト様のことを本当のお父様だって信じていると思うもの。




