[舞]高揚感。
音楽にあわせるようにゆったりと彼の右手がわたくしの腰にまわる。
わたくしの右手は彼てのひらにあわせたまま。左手で優雅にみえるように気をつけながらドレスの裾を少しつまみあげ。
少しづつ、身体を動かしていく。
彼のお顔がすぐ目の前で、吐息も聞こえるほどに近くなった。
一応こういった社交のダンスとか所作のマナーとかは貴族院の授業にあったから、一通りのことはマスターしているつもりだった。
でも。
こうして実際に愛する人に身体を預けて踊るのは初めてで。
胸がドキドキ高鳴って、楽団の音色もきちんと聴いている余裕がなくなって。
ああ。
足元がぎこちない。
フリード様の足を踏んでしまったらどうしよう。
でも、足元を見ているわけにもいかないし。
最初はそんなことばかり考えていた。
でも。
じっとこちらを見つめて笑顔を絶やさない彼。
わたくしが少しくらいふらついても、それをカバーしてくださるその力強さに。
もう、いつのまにか、何も考えられなくなっていた。
ただただ彼に促されるまま身体をあわせ。
ただ彼に導かれるまま踊る。
まるで、彼と一体となったようなそんな高揚感に包まれたところで。
一曲目の音楽が終わった。
ぎゅうっと彼にしがみつく。
生まれたての子鹿のように足元がふらついて、もう自力で立っている余裕がなかった。
「大丈夫? 二曲目が始まる前に隅に戻ろうか?」
そう耳元で優しく囁くフリード様に。
「ええ。ごめんなさいフリード様」
と、そう小さな声で答えるのが精一杯。
周囲の様子なんて、気にしていられる余裕なんかどこにも無かった。
彼の腕にしなだれかかるように寄り添いながら。
ゆっくりと端まで歩く。
それでも。
心の奥底はものすごい満足感、充実感で満たされていた。
まだ正式な結婚式前のわたくしたちには、おとこのひととおんなのひとのそういった関係はまだ無い。
理解はしてる。
でも、まだそんな経験は実際には無くて。
彼にくっついて、彼の温もりを感じるのはものすごく安心する。
でも、実際のそういった行為は、まだ少し怖かった。
それでも。
今のダンスは。
なんだか彼とひとつになれたような、そんな気持ちになれて。
とても心地よかった。
あの高揚感をもう一度味わいたい。
そう思ってしまうほどに。
頭もお顔もほてったまま隅まで辿り着いて、壁にあった椅子に腰掛けさせてもらう。
「何か飲み物でももらってこようか?」
そう優しくおっしゃってくださる笑顔に頷いて。
離れていく後ろ姿をぼんやり眺めていた時だった。
「エルザ様? あなた、わたくしの言ったことがお分かりにならなかったみたいね?」
そう、氷のように冷たく感じる尖った声が、耳に入った。




