【Side】ベアトリーチェ。1
わたくしの親友はとってもばかだ。
でも、わたくしにとってかけがえのない大事な人だった。
「おはよう……」
毎朝、貴族院でわたくしに挨拶してくれる彼女。
以前はとても朗らかに声をかけてくれていたものなのに、ここのところはずっとそう。
「おはよう。大丈夫? シルビィ。今日もお顔がすぐれないわ」
「ええ、ごめんなさい。何だかよく眠れなくって……」
そんなふうに俯く彼女。
目の下にはクマができ、ふわふわだった金色の髪も、何だかすごくやつれている。
本来は、向日葵のように明るく朗らかで、いつも笑みを絶やさない、そんな子だったシルヴィ。
そんな彼女がここまで精神的に落ちるだなんて。
原因は、おおよそわかってる。
彼女の父親、ローエングリン伯爵のせいだ。
もともと子煩悩という雰囲気では無かったけれど、最近ことに彼女に辛く当たるようになったのだという。
天然?
といえば聞こえがいいけれど、とにかくシルビィは明るい子だった。
思ったことはすぐに口にするし、あんまり物事を深く考えたり悩んだりはしないたちだとそう思ってた。
例えばよく彼女が母親に対して。
「母さんったら、またお父様に叱られてたわ。笑ってたけど。ほんとドジなのよね」
なんて言ったりしてたけど。
彼女が言ったセリフじゃなかったらものすごく辛辣に聞こえるこんな言葉も、そこに本当に悪意が無いと知っているわたくしは素直に聞けた。
彼女のお母さんは平民の食事処でウエイトレスをしていたそうだ。
そこでも結構お皿を割ったりしてマスターに怒られていたんだとか。
そんなドジなお母さんがクビにならなかったのは、ひとえにその性格のおかげだと思う。
あっけらかんとして、いつも明るくて可愛らしい笑顔。
お客さん受けのよかったお母さんは、少々ドジをしてもその分お客様に好かれることでお店に貢献してたのだろう。
そんなお母さん、ローエングリン伯爵が前妻を亡くして自暴自棄になってた時に伯爵をお慰めしてシルビィを授かったのだとか。
もともと幼馴染で伯爵の妹みたいな存在だったってシルビィから聞いた。
シルビィが出来たことで責任とって後妻に迎えただけだから。
自分は名ばかりの貴族だからっていつも笑って話してくれた。
とにかくシルビィはよくしゃべった。聞いてもいないことを一生懸命話してくるものだから、いい加減こっちが気にしちゃって。
「そういうことはあんまり他の人の前で話しちゃダメよ?」
と、釘を刺さねばならないくらい。
「えー、だってあたし、ついつい口から出ちゃうんだもの」
「ほら、ダメだって。そのあたしっていうのも禁止。貴族なんだからね、わたくしたちは。そんな平民みたいな口の利き方じゃ、後々笑われるわよ?」
そう言って窘めると、一瞬シュンと落ち込むけど、すぐに立ち直るシルビィ。
そんなところも大好きだった。
「もう、ベアちゃんったら、あたしが貴族なんか向いてないっていうのわかってるくせに。いじわる」
「いじわる、じゃなくてさぁ。わたくしはシルビィが好きだから、あえてこういうことも言わなくちゃって」
「うんうん、ありがとね。あたしも大好きだよベアちゃん。それにね、あたしはいいの。どうせあたしにはローエングリン家の血なんて一滴も流れてないし、お父様だって貧乏男爵家の末っ子だったから、お姉さまさえ授からなかったらお貴族さまを続けてなかったかもっておっしゃってたわ。いつも自分は中継ぎだからってお前は貴族なんかと結婚しなくてもいいんだよってそうおっしゃってくれてたもの」
「でも、そのお姉さまはバルバロス家に嫁ぐのでしょう?」
「うーん、よくわからないけど、バルバロス家に嫁いでもその子供の誰かにローエングリンを継がせればいいんだって。どうせ今のあたしんちは貧乏だし、お金なんてないし、古い家系で爵位だけが取り柄なんだからって、そういつもお父様言ってたし」
「そんな、前伯爵はなんて言ってるのよ?」
「お爺さまお婆さま? ああ、あたしは血が繋がってないからほとんどお会いした記憶もないけど、あちらはあちらで田舎の領地に篭って王都に出てもこないもの。昔の疫病で人の数も随分減っちゃって、今はほんと自然があるだけでなーんにもない田舎よ? 自給自足するのがやっとの土地だけど、バルバロス家の支援でなんとかやってるって感じ?」
そんなふうに。
彼女はおおよそそんな感じで自分を貴族だとは思っていないようだった。
それでも。本当に、いつも明るいのだけが取り柄だったのに。
今日はまた一段と、お顔が暗い。
「またお父様? 何か言われたの?」
「ううん、今日はね、お姉さまの様子がおかしくって気になって、ちょっと考えちゃって」
え?
「お姉様に、お会いしたの?」
「うん。この間侯爵家にお茶に呼んで貰えたの。だから、久々にお姉さまに会えたわ」
そうか。あのエルザ様、もしかしてわたくしのセリフの裏をとるためにシルビィを呼んだのかしら?
「で、どうだったのかしら?」
「あのね、お姉さまに、お父様が寂しがってるから帰ってきては下さらないかってお伺いしてみたの」
うん。
「でも、そうしたらお姉さま、ふるふると震えて、涙を落とされて。お顔の色も真っ青で、奥に帰ってしまわれたの。もうわたくし、どうしたらいいのかわからなくて」
ポロポロと涙を流し始めた彼女。
ああ、ああ、シルビィ。
わたくしは、彼女の肩をそっと抱いて。
その金色の髪に、頬擦りした。




