第4話
「すいません。何をなさっているのです?」
意を決して声をかけてみたのは、二ヶ月が過ぎた頃だった。
驚かせてしまったらしく、彼女はビクッと肩を震わせる。
池を取り囲む茂みと茂みの間にある、小さなスペースなのだ。彼女にしてみれば、既に自分がいるところに、他の者が入ってくるとは思っていなかったのだろう。
「あの、何か問題あったでしょうか?」
ゆっくりと振り返る彼女の顔には、心配の色が浮かんでいた。
「もしかして、公園の管理の方……?」
「いや、違います。私も一介の利用者に過ぎません。ただ、ちょっと好奇心をくすぐられましてね。いつも同じ場所でお見かけするので」
なるべく穏やかな笑顔を浮かべてみせる。同年代ならばナンパと思われるかもしれないが、親子ほども年が離れているのだから、おそらく大丈夫のはず。
こちらの期待通り、彼女も表情が柔らかくなった。
「あら、良かった。でも、そんなに私、奇妙に見えたかしら?」
クスクスと笑いながら、彼女は池の水面を指し示す。
「ほら、これですの。私に懐いてくれるのが、可愛くて……。それで、公園に来るたびに、ここへ来てしまうのですわ」
彼女の体に隠れて最初はわかりにくかったものの、気づいてしまえば一目瞭然だった。
彼女の顔が池に映っている辺りだ。水面に波を立てて彼女の影を壊すようにして、小さな赤い金魚が一匹、口をパクパクさせていた。
「なるほど……」
納得の呟きを口にする。
ちょっとしたミステリーも、わかってしまえば拍子抜けかもしれないが……。
この瞬間、私の中で、彼女のニックネームは『緋鯉の女性』から『赤い金魚の女性』に変わっていた。