51 感謝を言う相手
翌日は午前八時に朝食を食べ終えると、午前十時に来る予定のエミアたちを迎えるために、ラルは普段着に着替えて薬を飲むとベッドを整え、テーブルを出してセッティングを進める。
ショウは午前九時から開店する例のスーパーへ行って、焼きたてのフルーツタルトとパッケージされたチョコクッキーをいくつか購入すると、噂の凄腕パティシエが店頭に出てきて、話をすることになった。
「最近、たくさんお買い求めいただいているすごいイケメンがいると聞いたものですから、お会いしたくて」と、二十代のかわいらしい女性が奥から出てきた。
小柄で白衣に身を包み、クリッとした亜麻色の瞳が印象的で、笑顔で声を掛けてくる。
「あなたがこのお店のパティシエですか?」
「はい。私と母で、全商品を作ってます」
「お母様と。そうなんですか。実は、ホテル コンコルディアに泊まってたとき、そこの方から凄腕のパティシエがいると教えてもらったんですよ」
「そうだったんですね! 実は母が以前勤めてまして、ホテルでお出しするスイーツを一人で作ってたんですよ」
「エエッ! そうなんですか!」
「去年、お世話になってるこのお店のパティシエの方が急に遠方へ引っ越ししなければならなくなって、掛け持ちでいいからこの店のスイーツを作ってほしいと相談されたんですけど、母一人では難しいということで、他の大陸で修業をしてた私に声が掛かったんですが、まだまだ一人でお店を支えることができなくて。
結局、母がホテルを辞めて、このスーパーのお店に努めることになったんです」
「では、あなたが一人でこの店を支えられるようになったら、お母様はホテルに戻ることができるんですか?」
「いいえ。ホテルには腕の立つパティシエが採用されて、最近行われたパーティで出されたケーキが好評で、新しいプランが組まれたと聞いてますから、復帰は無理だと母も言ってました」
(シェインのことか。確かに、あの時のケーキは大好評だったな)
ジェシーのチームの一員である堅物のジュリアスには、お酒が入ると一人コントをはじめるという悪癖があり、ラルと一緒に彼らと夕飯を食べにホテルのダイニングへ行ったとき、かなりのハプニングがあったが、結果的に、ホテルに新しいバースディプランを提供することになった記念の日のことを、思い出していた。
「でも、ホテルでこの店のパティシエの話を聞いたとき、高級店だと、裕福層の人達にしか食べてもらえないのがイヤだと言ってたと聞いたんですけど」
「それは母です。母の噂を聞いた高級店のオーナー様からお誘いの話をいくつもいただいていたことは本当です。ですが、母がパティシエを目指した理由は、私なんです」
「あなたのためにパティシエになった?」
「はい。実は、母一人、子一人なんです」
「……そうだったんですか。お母様は、あなたの笑顔を見たかったんですね?」
「そうです……どうしてわかったんですか?」驚きの目で見るので「僕も、同じ理由で、あなたたちが作るスイーツを買いに来てるからです」
「では、あなたはお母様のために?」
「いえ。僕の大切な彼女と、彼女の親友たちのためです」
「あ……そう、ですか」しばらく言葉が途切れると「嬉しいです。私たちが作ったスイーツで、誰かが笑顔になるのであれば、嬉しいです」
「本当に、あなた方の腕は素晴らしいです。ぜひ、お母様にも伝えてください。このお店を引き継いでくれてありがとうございます。あなた方が作るスイーツが、どれだけの劣悪な状態にいる者を一瞬にして幸福にすることができるかを。最大の感謝をもって、お礼を言わせてほしいと」
「……はい。伝えさえて、いただきます」




