18-2 ラルの家族
「お袋さんは、そんな親父さんになにも言わなかったのか?」
「母の両親も行政関係の仕事に就いてて、役員がどれだけ大変なのか知ってるから。それに母は社交的なので、家にいるときは必ず誰かが来てお茶を飲んでた。母は、ボランティアとかお料理教室とか、幾つかのサークルに入ってて、いつも忙しそうに動き回ってたから」
「その間、お前の面倒は誰が見てたんだ?」
「母が出掛けてる間はメイドさんたちが一緒にいてくれて、私はいつも彼女たちの後をくっついて、料理してるところを見たり、掃除してるときは手伝ったりしてた。母が家に戻ってくると、サークルであったことを話してくれたり、お料理教室に行ったときは、作ったものを持って帰ってきて、食べさせてくれたの」
「ほったらかしじゃなかったんだ」
「そんなことしない。誰かが来てても一日中いるわけじゃないし、サークルだって同じ。家にいるときは一緒にいてくれた」
「お袋さんは、自分の時間を持ってたのか」
「そうよ。そんな母は、父が家にいなくても全然気にしてないように見えた。だから、父がかわいそうな気すらしてたの」
「気にしてないように見えたと言うからには、そうじゃなかったのか?」
「……そうなの」ラルは俯くと「父が帰ってこなかったある夜中、私は喉が渇いて、冷たいものを飲みに行こうと、二階の寝室から一階のキッチンへ降りていったの。
そうしたら、途中にある一階のサンルームか、薄っすらと明かりが漏れてるのに気が付いて、電気を消し忘れたのかと思ってドアの前に行ったの。
ドアがガラス張りになってるから、そこから部屋の中を見ると、母がソファに座って、声を出さずに泣いてたの……」
「……本当は、一人で寂しかったんだな」
「……ビックリした。母が泣いてるところを見たのは初めてだったから、何かあったのかとすごく心配になった。そして気が付いたの。母が座ってるところは、父が家にいて寛ぐとき、いつも座ってる場所だって」
「周りの人に心配かけないように、明るく振る舞ってたんだ」
「父の仕事が大変で、毎日忙しいことを知ってるから、自分のことで、これ以上気を遣わせないようにしてたんだって。常に明るく振る舞って、積極的に行動して、自分は楽しくやってるから、気にしなくていいと見せてたんだって。寂しいとみんなに悟られないように、いつも笑顔を絶やさないように、心掛けてたんだって……」
「周りに気遣いができるお袋さんなんだ。でも、そんな事は長続きしない」
「かわいそうだった。母は、私の母親である前に、妻である前に、一人の女性なのよ。父に振り向いてもらえないことがどれだけ辛いことなのか、その時の私には理解できなかったけど、寂しさだけはわかった。だから、父に手紙を書いたの。とても短い手紙だった」
『母様を泣かせる父様は大嫌い!』
「その一週間後、父は一週間の休みを取ったの。私が書いた短い手紙の内容だけで、父は、母がどんな思いをしているのか悟ったの」
「……そうか。親父さんは気づいてくれたんだ」




