13-2 コミュニケーション不足
ラルが落ち着いて寝ているのでホッとすると、ベッド脇の椅子に座る。
「無理やりはダメだな。ちゃんと事前にどういうことか説明して、納得させてから連れてこないと、本末転倒になってしまう」
わかっていると思っていたことが自分よがりだったことに気付く。
頭を抱えていると、ラルの姿がシルバーフェニックスに戻っていくので「危なかった……」震える手でラルの頭をなでる。
ラルが目を覚ましたのは、翌日のお昼前だった。
ショウはベッド脇にテーブルを持ち込み、そこでノートPCのキーを叩いている。
「ア……」
「ああ、起きたのか」手を止めてベッドのほうを向くと「気分はどうだ? まだ目眩がするか?」
「ア……」自分の手を見て姿が戻っていることに気付くと「アアッ!」慌てて起きようとして目眩を起こし、頭を押さえるので「急に起き上がったらダメだ」ゆっくり仰向けに寝かせると、サイドテーブルに置いてある薬が入った袋から錠剤を取りだし、飲ませる。
しばらくすると落ち着いたのか「ア……」額を押さえるので「ああ、チップが欲しいのか。用意するが、付けられないぞ」
「アア……」
「付けたら、あっという間に体力がなくなって、動けなくなってしまうからな」
「……アア」
「心配するな。誰かが来ても寝室には入れないから」薬のポーチからチップを取りだすと「ここに置いとくから、本当に必要なときだけ付けろよ」サイドテーブルの上に置く。
「……アア」
「もうすぐお昼だから、食事を頼むか」サイドテーブルにある受話器を取ると、ルームサービスを頼む。
電話を切ってラルのほうを向くと「今回は、なにも説明しないで悪かった。きちんと説明してれば、ここまで悪化することはなかった。ごめんな」
「……アア」と言って下を向くので「またしゃべれないのか?」
「……アア」横になると背を向けるので「体力が戻って落ち着いたら話せるようになるから。今までもそうだったろう?」
「……」
「とにかく、なにか食べれば気分も違うだろう」
その後、頼んだ食事を運んできたルームサービスからワゴンを受け取ると、細長いテーブルをセッティングし、ラル用と書かれたほうのお皿を彼女の前に置く。
野菜を中心にチーズやヨーグルトを使い、食べやすいように調理された料理が小皿に分けられていて、ボイルされた野菜は小さくカットされ、デザートにラルの好きなマンゴーのプリンが付いている。
ラルは人間界では、ラクト・オボベジタリアンと言われる、乳・卵製品は摂取するものの、肉や魚類は食べないベジタリアンになる。
「このプリン、通常の二倍はあるぞ。食べきれるか?」見たことのない大きさのプリンを凝視するショウに「アア!」ラルが力強く返事をする。
「……好物なのはわかるが、無理して食べるなよ」心配してラルを見ると「アア!」ラルは、見たことのない大きさのマンゴープリンを見て、目を輝かせている。
通常の二倍はあるマンゴープリンのお陰でご機嫌なラルは、ゆっくり昼食を食べはじめると、時間はかかったが、終始笑顔でおいしく完食する。
満足顔のラルを見て、「人気のあるホテルだとカイから聞いてるが、その理由がわかる気がする」
どうすればラルが笑ってくれるか、長年一緒にいるショウが悩んでいることを、このホテルのシェフはいとも簡単にクリアしてしまうことに、自分の不甲斐なさを痛感してしまう。
先ほど薬を飲んだラルは、横になるとご機嫌なまま眠りに就いた。
ショウはラルの満足そうな寝顔を見つつ「恐るべし、二倍の大きさのマンゴープリン」と苦笑する。
そして、そんなマンゴープリンを思い付いたシェフに興味を持ち、どんな人が作っているのか会ってみようと思った。




