66-1 ラルの異変
「それだけ、お前の任務が大変なんだ」
「ごめんなさい」
「謝ることない。謝らなければならないのは俺のほうだ」
「ショウは悪いことしてない。だから謝る必要ない」
「こうやってお前を泣かせてるじゃないか」
「ショウのせいじゃない……ショウのせいじゃないから……」
「お前のせいでもない。こうやって、少しずつ、距離を縮めていこう」
「……自信がない。きっとまた、自分勝手なことをする」
「お前の言ってる自分勝手は、誰かを気遣ってのことじゃないか。それは自分勝手とは言わない」
「ダメ! またショウに迷惑かける!」
「いくらでも掛けろよ」
「エエッ!」
「俺に気遣ってまで我慢するな。言いたいことを呑み込むな」
「そんな事できない!」
「なぜ?」
「……なぜって」
「俺がいいと言ってるんだぞ」
「……できないよ」
「今まで、誰にも頼れず辛い任務を一人でこなしてきた。
話を聞いてくれる仲間も寂しさや恐怖から救ってくれる者もいなかった。
長い間、本当に辛かったと思う。
お前はその間に、言いたいことをすべて呑み込むことを覚えてしまった。
どんなことでも我慢してしまうことを覚えてしまった。
そして、心の中に溜まってしまったものを捨てるということを、覚えられなかった」
そう言われて、ラルは声を出して泣きだしてしまった。
「死んじゃいたかった。この世から消えてしまいたかった」
「ラル……」
「羨ましかった。家族で買い物にきてる人達。友達とお茶を飲んで楽しそうに話してる人達。恋人と手を繋いで歩いてる人達。みんな羨ましかった……」
「……」
「そういう光景は見たらいけないと思って、なるべくそういう場所に行かないようにしてた。楽しそうに話してるところを見ないように、いつも一人でいるようにしてた」
「……」
「ここは、私にとって異世界……命を削られてしまう……地獄のような……ところ……」顔を上げたラルの表情が一瞬変わった。
そして、ショウを睨むと「みんな憎かった! 羨ましくなんかない! みんな憎かった! 私たちがこんなに苦しんでるのに、なんであんたたちはのうのうと生活を楽しんでるのよ! 狩られる側に立ってみなさいよ! いつ襲われるかと、ビクビクしながら生きてみなさいよ! こんな運命を背負わされた私の気持ちを考えなさいよ!」
「やっと言ったな」
「なんでほじくるの? なんでほっといてくれないのよ!」
「隠してる本音を言わせるためだ」
「じゃあ、これで満足したでしょう?」涙を拭くとニヤッと笑い「そう、私は人間を信じちゃいない。どんな事をしようとも、私は絶対人間を許さない!」
「……さっきまでのお前も、作った人格の一つだというのか?」
「そうよ。驚いた? 今が本当の私。それにしても参ったわね。こんなところで仮面が取れちゃうなんて。こんな事になるなんて思いもしなかった」立ち上がるとショウに銃口を向ける。
「何のつもりだ?」
「バレちゃったんだもの」
「俺を殺すのか?」ショウも立ち上がる。
「そんなもったいないことしないわ。あなたには利用価値がある。生かしておいてあげるわよ。私のマリオネットとして」
「俺に催眠術を掛けて、操ろうというのか?」
「もう掛けてる」と言って銃を降ろすと、ショウはマネキンのように動かなくなっていた。




