65-2 葛藤
ラルは会議室から出ると携帯からショウにメールを送り、エレベーターホールへ向かうと、ショウが後から追いかけてきた。
「俺が出てくるまで待ってろよ」
「調べものの途中だったら、来なくていいって書いたでしょう?」
「お前がケガをしてなかったら続けてたよ」
「大丈夫だよ」
「それは俺が決める」
ショウの付き添いで部屋に戻り、テーブルに座ってフゥッと息を吐くと「やはり、歩き回ると脚に負担がかかるな」
「……まだちょっときつい」
「完治するまで、まだ掛かりそうだな」キッチンでお茶の支度をはじめるので「本当に調査しなくていいの?」
「大方終わったからな」ティーポットを持ってきて向かいに座るが、動きがぎこちない。
「きついんでしょう? 横になってたほうが、いいんじゃない?」
「ここで寝込んだら、アディたちに勘ぐられる」
「ケンカしたと話したんでしょう?」
「ああ」カップにお茶を入れる。
「じゃあ、怪しまれることない。手強かったんでしょう? 噂になるくらいの、達人だったんだから」
「……まあな」
「深手を負ってるんじゃない?」
「フル装備で行ったから、大したことない」
「でも……」
「アディの話は何だったんだ?」
「ショウ」
「俺は大丈夫だ。ケガも心配するほどのものじゃない。そんな事より、アディの話は何だったんだ?」
「……自己暗示を掛けてた理由と、ナディアの件について、だった」
「他には?」
「……ショウと、同じことを言われた」
「俺と同じこと?」
「私が……優しすぎるって」
「……そうか」
「私は優しくなんかない。臆病なの。時々、そんな自分が、イヤになってくる。
こんな、ひどい目に遭ってるのに、なんで、人間のご機嫌を取らないと、いけないのかって。自分の役目は、わかってる。
敵の中に潜り込んで、中から壊していく。それが、もう一つの私の任務。
だから、人間に、取り入ってかなければ、ならない。でも、無性に、イヤになってくるの。
これ以上、傷つけられたく、ないから、それで、ご機嫌を、取ってしまうことも、ある。
なんでも、我慢してしまうの」
俯くショウを見て「そんな顔、しないで。ショウを、責めてる、わけじゃないんだから」
「他に言いたいことはないか?」
「他に?」
「俺に遠慮するなといつも言ってるだろう。こうやって話してくれるほうが、むやみにお前を傷つけなくて済む。他にないか?」
「いきなり、言われても……」
「今は人間として振る舞わなければならない。葛藤はたくさんあるだろう。我慢できなくなったら、俺が聞いてやるから、いつまでも心の中に貯めておくな」
「それじゃ、ショウに悪い」
「なぜ悪いと思う。俺は責められて当然なんだぞ」
「だって、ショウは、なにも悪いことしてないでしょう? なんで、ショウだけが、責められなければならないの? 悪いことしてる、人間が責められるべきでしょう?」
「……お前、変わったな。以前は人間全部を恨んでたのに」
「……ショウやアディたちを見て、少し、考え方が変わったのは確か。でも、時々、やっぱり人間は信用できない、と思うときがある。そうなると、ショウまで憎んでしまいそうになるの」
「憎まれて当然だ」




