倍率10000倍の就職活動!? ~ある男が受けた過酷すぎる採用試験~
素晴らしい求人を発見した。
この仕事につくことができれば、俺は一生食いっぱぐれることはない。そしてなにより、俺はこの仕事に適性がある自信があった。
そうと決まれば善は急げ。俺はさっそく写真を撮りに向かった。
「では撮りまーす」
「はーい」
まもなく写真屋の親父から手渡された写真に写る俺の顔は、世の女どもがほっとかない絶世の美男子……なんかではなく平凡そのもの。だが、これでいいのだ。これがいいのだ。
仕上げた履歴書に写真を貼り付けると、祈るような気持ちでポストに投函した。
通ってくれよ、書類……。
……
それから十日ほど経った頃、俺のもとに一通の封書が来た。
ドキドキしながら中を開けると、そこにはお祈り……ではなく合格通知! 一次試験の案内と会場への地図も同封されていた。
「やったぜ!」
嬉しさのあまりジャンプ&ダンス。合格通知にキスまでしてしまう。
だが、まだ書類審査を通過しただけなのだ。すなわち、ここからが本番……。
……
一次試験当日、俺は戦場に赴く兵士のような心地で玄関を出た。なお戦場に赴いたことはないが、多分こんな気持ちなのだろう。
会場に着くと、そこには凛々しい顔つきの猛者どもが集まっていた。などということはなく、どいつもこいつも平凡な容姿をしていた。
予想以上に手強い試験になりそうだ。俺も冷や汗をかいてしまう。
係官から挨拶が始まる。
「えー……この会場にいるのはおよそ1000人です。ちなみに書類の応募は一万以上ありました。これからの試験も悔いの残らぬよう頑張って下さい」
履歴書だけで、既に9/10がふるい落とされた。だが、ライバルはまだまだいる。
とはいえ、一次試験では別に受験者同士が競うということはない。一次試験は面接試験である。
ノックをして一礼して入室する。
「本日はよろしくお願いします」
「どうぞ、席について下さい」
席につくと面接試験が始まった。
「まず、志望動機をお聞かせ下さい」
「はい、私の志望動機は……」
当たり障りのない質疑応答が続く。
「本日はお疲れ様でした」
「失礼いたします」
頭を下げて退室する。
今日のところはこれで帰宅。自信はあった。
後日、合格の通知が届いた。
……
二次試験会場にいたのは俺を含め250人とのことだった。
さて、二次試験の内容は、今までと打って変わって「反応試験」であった。
何もない部屋に一人で立ち、声がした方向にすぐ振り返る。遅れてはならない。
「こんにちは」
右を向く。
「あのー」
左を向く。
「失礼」
後ろを向く。
「もしもし」
右を向く。
こんな感じの動作を矢継ぎ早に繰り返す。どんどんペースが速くなるが、俺は必死に喰らいついていった。
右、左、右、左、後ろ、前、後ろ、右、左、左、左、後ろ……。
この試験も俺は無事合格できた。残すは最終試験のみだ。
……
最終試験に残ったのは50名。つまり、書類応募から1/200になったことになる。だが、喜んでる場合じゃない。合格できるのはこの中でたった一人なのだ。
気になる最終試験の内容は……
「最終試験は耐久試験です。ただずっと立ち続けて下さい。最後まで残った人を……採用とします!」
単純だった。単純ゆえに過酷。過酷な“立ってるだけの試験”が始まる。
チャイムが鳴り、試験開始!
「……」
俺も他の受験者も無心で立っている。
とはいえ無心でいようと思えば思うほど、余計なことを考えてしまう。
足が痛くなってきた。今何時か知りたい。今日の晩飯どうしよう。早く脱落者出ろよ。こんな試験受けるんじゃなかった。
いかんいかん、こんなことでは。心を無にするのだ。
体だけでなく心もすり減ってくるが、我慢して立ち続ける。
「……」
寒くなってきた。
そうか、耐久試験というのだから、環境も変化させるのか。ったくやることが徹底してやがる。試験官はサディストか。心の中で毒づきながら俺は立ち続ける。
寒さにも慣れてくると、暑くなってきた。
ああやっぱり寒さだけじゃないのね……汗を流しながら俺は耐える。
試験は続く――
強風が吹く。吹き飛ばされないよう、懸命にこらえる。
鼻につく異臭が襲い掛かる。それでも俺は屈しない。
空気が乾いて喉がカラカラになってきた。唾を飲んでごまかす。
ええい、ここまできたらなんでも来やがれ。
バタバタと脱落者が出る中、俺は耐え続けた。
長い長い時間が過ぎ、ついに残っているのは俺一人となった。
試験官がにっこりと笑う。
「おめでとう、採用だ」
「ありがとう……ございます」
俺はヘトヘトで、こう返すのが精一杯だった。
さらに採用試験の責任者とおぼしき、貫禄あるお偉いさんが出てくる
「よくここまで耐え抜いた」
俺はヘトヘトなりに姿勢を正す。
「君の平凡な容姿、平凡な声、素早い反応速度、そして耐久力。全てにおいてこの仕事に相応しい逸材だ。来週から仕事に入ってくれたまえ」
「はいっ!」
この時ばかりは、俺も疲れを忘れて大きな声で返事した。
俺は採用を勝ち取ったのだ。10000倍もの倍率を乗り越えて、勝ち取ったのだ……!
……
後日いよいよ俺の仕事が始まった。
俺の仕事は基本ずっと立っていなければならないが、あの試験を乗り越えた俺にとっては大したことじゃない。それよりこんな素晴らしい仕事につけたという嬉しさやありがたみの方が勝る。
やがて、俺が待ち望んだ瞬間が訪れる。
剣と盾を装備した勇ましい青年が、俺に話しかけてきた。俺はすぐさま反応し、その方向へ振り返る。
そして、いたって平凡な声で一言。
「ここは○×の村です」
完
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