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休日のショッピングモールは人で溢れている。家族、カップル、高校生くらいの友達数人、まさに老若男女。今日は久し振りに来るのだから必要なものはまとめて買ってしまおうとカレンは意気込んでいた。
「なあなあ、ちょっと休憩しようぜ疲れたよ」
横で文句を垂れ流している男には今日の買い物に付き合わせている。そろそろ限界かとまだ混み合うには早いフードコートに座ると、背もたれに埋もれるように座った男が天を仰いだ。
「どんだけ持たせんだよ~」
「一人じゃ大変だし、せっかく来てもらったからこの際いいかなって。ほら、猫の手も借りたいくらいって言うじゃない」
「本当に借りてんのはお前くらいだよ」
男の名はノワール。本当の姿は艶やかな毛並みを持つ黒猫。カレンが元いた世界からの付き合いだ。口は悪いがなんだかんだでいつも付き合ってくれる。
「この借りは大きいぞ」
「わかってるわよ」
「そうだな。柔らかい肉がいいなぁ。食べたら崩れちまうくらい柔らかいやつ」
うっとりするノワール越しに、カレンは無意識のうち辺りを見渡していた。
「また癖が出てんぞ」
「あ、ごめん」
「いい加減諦めろよ。もう何年経ってると思ってんだよ。人間は死んじまっててもおかしくないし、お前と違ってどんどん老けてくんだからわかんねえよ」
「老けてても……わかるよ」
ノワールは開きかけた口を閉じて舌打ちをした。そんなに言いづらい表情をしていただろうか。
「ちょっと待ってて」
カレンはフードコート内にある街中でよく見かけるコーヒーチェーン店で、自分用にホットコーヒーとノワールにアイスミルクを買った。
グラスを二つ持って席に戻る途中、甘そうな飲み物を持った女子高生二人組とすれ違ったが、ちらちらと何度も後ろを振り返っていた。
何かあるのかと思って前方を確認したが、その原因がノワールであることに気づいてカレンは慌てて席まで急いだ。
「ちょっと! その姿でそれは目立つからやめて」
「え? あぁ悪いなんか湿っぽくて」
ノワールは猫が顔を洗う仕草を腕を使って人の姿でやってしまうことがよくある。
「早いとこ帰ろうぜ。雨は嫌いだ」
少しはなれた席に座っている別の女子高生もこちらを見ながらこそこそと話しをして、どこか高揚した声できゃっきゃと楽しそうだ。
「人の姿だと妙に色っぽいのがまた問題なのよ」
ノワールの姿を人に変えるとき、特に意識をしなければいつもこの姿になるのだが、細身で適度に締まった体、毛色は黒のくせになぜか色白の肌、目はそのままオッドアイで、どこか異国の血を感じる無駄に整った顔立ちは、どこに連れていっても存在感がある。
「そんなこと言われたって俺にはどうしようもない。もっとガタイのいいスポーツマンとかにすればいいだろう」
「いや、もしそれで今みたいなことしたらさすがにちょっと気持ち悪いから。今の姿でギリギリセーフっていつも言ってるでしょ。とにかく人の多いところでは気をつけて」
ノワールが辺りを見渡して、こそこそと話していた女子高生たちと目が合うと、彼女らはまた甲高い声を上げた。
「高くてキンキンする声で騒がなきゃ若い人間の女は好きなんだけどな」
「その顔で言われるとなんかムカつく」
少し休憩した後、嫌がるノワールを引きずって買い物を続けた。たんまりと買い込んで満足気なカレンとは対照的にノワールはぐったりしていた。
「じゃあ帰ろうか」
「やっとか」
ノワールのホッとした表情を見ていて前方を確認していなかったカレンの足に何かがぶつかった。立ち止まって下を見るとキラキラしたビー玉が二つ、カレンを見上げていた。
「んあ? なんだそいつ」
そこには四、五歳くらいの男の子が少し目を潤ませて尻餅をついていた。
「ごめんね、痛くなかった?」
男の子を立たせてスボンを払ってやると、男の子は小さく大丈夫、と言った。
「どうしたの? お母さんは?」
カレンは男の子に視線に合わせて優しく問いかける。
「お母さんとはぐれちゃったの?」
恥ずかしいのか涙をこらえているのか、男の黙ったまま俯いていた。
「俺は子供は嫌いだ。尻尾引っ張ったり乱暴に触ってくるからな」
ノワールはあからさまに嫌そうな顔をしている。
「そんなこと言ったってほっとけないでしょ」
辺りを見ても子供を探していそうな親は見当たらない。
「サクッと魔法で頭覗いちまえよ」
「私が普段魔法を使わないようにしてるの知ってるでしょ」
「……まほう?」
相手が子供だからと油断していた。カレンは慌てて男の子の問いを否定する。
「なんでもないからね。お姉さんがお母さん探すの手伝ってあげるね」
「おねえさん、魔女なの?」
「ううん、お姉さんはただのお姉さんだよ」
子供は妙に鋭いから気を付けなくてはいけない。幸い、大人は子供の言うことだと信じる者は少ないが、やはり人間に魔法を見られることはこの世界で生きていくためには避けなければならない。
「おいガキ。母ちゃんとどこではぐれたんだ」
「がきじゃない。こうただもん」
「あ? なんだこいつ」
「ちょっとやめなさいよ」
カレンに窘められ、ノワールは不満そうにそっぽを向いた。
するとこうたはハッとしてカレンに訴えた。
「おねえさんは魔女なんだよね? だったらお母さんとお友達?」
「どういうこと?」
「お母さんは魔女なんだよ!」
「え?」
「は?」
真剣な男の子を前にカレンとノワールは顔を見合わせた。