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夕方のスーパーは主婦で賑わう。小さな子供を連れている母親から、一人でスタスタと目当てのものを買って回る人、カートを押す姿が染み付いた年配の女性など、誰かのためを思って買い物をする人の姿は、その背後にある家庭が見えるようでカレンは好きだった。
カレンの視線の先にいる彼女もまた、長年連れ添った夫のために買い物をしているところだった。
青果売場に移動した彼女は野菜を手に取って吟味している。そこへ同じくらいの年齢の女性が近づく。
「最近お野菜高いですよね」
話しかけられたのが自分であることに驚いた彼女だったがすぐに愛想の良い笑顔を向けた。
「そうですねぇ。今日は我慢しようかしら」
「安いときに買ってピクルスとかにすると、美味しいですよね。あ、でも人によって好き嫌い出ますけど」
「うちの主人は何出しても美味しいっていうんですよ。味付けを変えてもわかんないような人ですから」
嬉しそうに笑う彼女から夫婦仲が良いことが伺える。
「毎日食事を作るのもなんだかもう生活の一部ですよね」
「急にやらなくていいって言われても困っちゃいますね。でも、あとどれだけ生きてるかわからないですから、何かしたいなって気持ちもあるんですけどね」
少し憂いを帯びた彼女の顔が印象的だった。余生というものも考える年齢だ。
「ご主人と旅行とかに行かないんですか?」
「うちの主人はそういうこと言い出す人じゃないですね。ちょっと、鈍い人なので」
「男っていつまでたっても男の子ですよね」
年配の女性二人は上品に笑い合った。
「でも、私たちもいつまでも女性でいたいものですよね」
「そうですねぇ。見た目はあれでも心はね。そちらはご主人とは今でも仲良くやってるんですか?」
「私は……そうですね。仲良い方だったかな」
彼女はしまったと思ったのか、眉尻を下げた。
「すみません、私ったら……」
「全然大丈夫です。でも、もしよろしければ少しだけ話を聞いてもらえないかしら? 買い物終わった後にでも」
「ええ、もちろん」
二人はすらすら買い物を済ませていき、外にあった備え付けのベンチに座った。ほどなくして彼女の隣に座った女性がぽつぽつと話し始めた。
「主人と私の出会いは少し奇妙なものでした。本来なら会うはずがない、と言うと変に聞こえるかもしれないけど、でも本当に会うはずのない二人だったの。でも興味が恋に変わって、そして愛に変わっていったわ」
遠くを見て懐かしむ女性の表情は切なさが滲んでいた。
「私たちの間には息子が一人居たわ。でも、どうしても私が二人と一緒に居られなくなってしまったの。だから私は二人を置いて、出ていったわ」
女性の口振りから、決して浮気などの軽い気持ちではなく、よほどの理由で仕方なく夫と息子から離れたのだということが伝わってきた。
「それからは一人で生きてきたわ。こんなこと言う資格はないのかもしれないけど、いつか会える日がくることを待っているの。命が尽きるまで」
彼女は真剣に話を聞いて、そして何も言わなかった。
「ごめんなさいね、暗い話して。あなたはご主人とどこで出会ったの?」
「私はお見合いでした。特に結婚に憧れを抱いていたわけでもなく、親に紹介されて初めて主人を見た時、ただこの人結婚するんだくらいにしか思わなかったわ」
「私たちの時代じゃお見合いなんて普通のことだったものね」
「でも主人は私をすごく大切にしてくれたわ。見た目はどこにでも居そうなありふれた容姿をしてるのに、紳士的で、大切にされてるって実感してたわ。子供や孫ができた今も楽しいけれど、子供が巣立った今は二人でもあの時のように接するのなんて無理でしょうね」
少し寂しそうな表情をする彼女は、左の薬指の指輪をくるくるといじっていた。
「ご主人があなたを大切に思っているのは変わらないはずだから、あなたから少し接し方を変えてみたらどうかしら」
「接し方?」
「あまりため息ばかりついてたらご主人も心配になりますよ? ちゃんと話すことは、何年一緒にいても変わらず大切なことよ」
「やだ、私ため息ついてたかしら」
女性はくすっと笑って立ち上がると、今日はありがとうと言って彼女から去っていった。