第三章 第13話 ギルド会館
ピレシー山脈越えは3ヶ月後出発の予定となった。理由は一つ、その時期を逃すと入山が出来なくなるからである。ピレシー山脈では強い風が吹き積雪も多い。気温、風、天候と冬山では通常の行軍以上に命の危機に繋がる可能性が高い。また、凍傷や低体温症は雪山で魔物との戦闘時に大きな枷になる。以上の理由からこの時期を過ぎると入山は一年後となってしまうのだ。
四人の役割分担は以下の通りである。アヤカとオリビアは情報収集に旅支度。ランドルフとコルセイは山脈越えに必要な資金稼ぎだ。ある程度の蓄えをしていたコルセイではあったがアヤカが旅に必要な金額を提示した際には度肝を抜かれた。
「金貨千枚なんて何につかうんでしょうね?」
「最低千枚でしょ~。文無しの私が言うのも変な話だけどあまりにも大金で笑ってしまったわ」
ちなみにコルセイが黒狼で稼いでいた金貨は月に数十枚、どんなに稼げても金貨百枚といった所だ。そんな冴えない表情をしているコルセイにオリビアが渡してきたのは小箱であった。どうやら別れ際にダレスから貰った物らしい。
「ダレスが『金が必要になったらこれを使え』と言っていた。こんなに早く使う事になるとは思わなかった」
稼ぎの悪い亭主を持つ娘に、その両親が助け船を出すような台詞である。コルセイはなんとも言えない罪悪感を感じる。その小箱を開き、たどり着いたのがこの建物である。
「少し緊張します。ランドルフさん本当にやるんですか? 正直、気が乗らないんですが」
「大丈夫よ。コルセイちゃんならできるわ。いや向いてる! じゃあ打ち合わせ通りにお願いね。私はボロが出てはいけないから黙っているわ」
二人がたどり着いたのは大剣と小剣の重なり合ったマークが目印の冒険者ギルドである。ランドルフは無言。後をついてくる全身鎧のリュケスももちろん無言である。
「いらっしゃい」
カウンター越しに声をかけてくるのは感じの悪い男である。年齢はランドルフより少し上くらいか。顔には魔物に引き裂かれたような傷があり、体の肉付きも良い。以前は冒険者であったのかも知れない。ギルド会館に突如現れた胡散臭い三人。しかもその内の一人はロザリアでトップクラスの凶相である。後ろに引き連れている者も二メートルを越す大男が二人。自然とギルド内の緊張が高まる。
「と、登録はしてあるのか?」
「これを」
コルセイは小箱に入っていた割符と羊皮紙を受付の男に渡すと男が怪訝な表情を浮かべる。
「なんだお前。傭兵か?」
「傭兵だとなんか悪いのか!?」
コルセイはドスを効かせた声で店員を睨みつける。数多の人相の悪い男達を相手にしてきた受付の男もコルセイの凶相と身体から放たれる底知れぬ不快感に身体が萎縮する。
「いや、問題はない。ただこのギルド会館内は争い事は勘弁してくれよ。仕事を渡せなくなる」
ギルドではある程度の戦力、あるいはコネで認められた者が冒険者として認められるのだが、特例として傭兵のギルドクエスト参加が認められている。黒狼もロザリアでは名が知れており、ギルドが割符と契約書を黒狼傭兵団に渡しているのだ。その為、新参者のコルセイ達にもある程度報酬が高い仕事を割り当てられるという仕組みだ。
「仕事は渡そう。わかっていると思うが新座者は割に合わない仕事が多いぞ。その辺は理解してくれ」
「問題ない。報酬がある程度高い仕事を頼む」
「わかった。見繕うからしばらく待っていてくれ」
ギルド内に設置された椅子にランドルフとコルセイが腰をかける。リュケスは寄り添うように傍に立つ。無駄話はせず三人とも無言のままである。しばらくしてギルド内にいる他の男から野次が入る。
「おい、そこのでかいの、座らなくて良いのかよ。椅子はたくさんあるぜ。ヒヒっ」
「その男は俺たちの奴隷だ。座らせる必要はない」
「ヒヒヒッ。そうかよ。奴隷か」
野次を飛ばした男がおもむろに席を立つとリュケスに近づいてくる。
「奴隷なら良いよな……。奴隷如きが俺たちと同じ空気を吸ってるんじゃねえよ!」
男が足でリュケスの足を蹴りばす。悪びれた様子は一切なく、奴隷を連れてくる方が悪いんだぜ。と言いいたそうな顔をしている。
コルセイは眉間に皺を寄せながら無言で立つと男に顔を近づける。
「あん。なんだ文句あんのかよ。俺はこの奴隷と話をしてるんだぜ!」
コルセイに少しビビりながらも、野次の男はまだイキってくる。
【恐怖】
コルセイは自分の周りだけに靄を展開させ、極小の範囲内で【恐怖】を発動する。男はすぐに膝をつきぶつぶつ言いながらゲロを吐き始める。
「受付さん。具合が悪い人がいるみたいだよ。俺たちが介抱してくる」
見事な棒台詞である。コルセイはランドルフを残し、リュケスと共に外に出ようとする。
「お、おい」
受付の男が狼狽えながら何かを言おうとするが、コルセイは最後まで聞く前に店主の言葉を遮る。
「建物内の荒事はご法度なんだろう。心配するなよ。すぐに戻る」
コルセイは満面の笑みを浮かべる。リュケスがゲロを吐き続ける男を引きずり三人は扉を後にした。




