第ニ章 第39話 コルセイ暴走
認識は無いがコルセイはちょっとした有名人である。二年間のピレシー討伐時に黒狼傭兵団の広告塔に仕立て上げられていたのだ。
ガーランドの思惑は分からない。しかし、コルセイの誇張された戦力と奇行は尾ひれどころか角と牙がつき、炎まで吐きそうな勢いとなっている。
最初は何も知らされていなかったオリビアとダレス。しかしあまりに大きくなった話は後に二人の耳に入ってくる。話を聴いてダレスとオリビアがガーランドに苦情を言うまでに時間はかからなかった。しかし、
「あいつは面白い奴だが自分では変われれない、俺が後押ししてやれば確実に化ける。ガッハッハッ!」
などと笑っておりガーランドは全く反省などしない。ダレスとオリビアも一人歩きするこの噂だけはどうしようもなく、同情はしつつもコルセイに何もしてあげられないのが現状であった。
そして、今回のこの状況である。内外に広められた噂と魔物の使役が決め手にかけていた戦況に奇跡を起こす。
コルセイが面白おかしく弄んでいた兵士を谷底の軍に投げ込む。急な斜面を障害物に当たりながら兵士が転がり落ちる。鍛え抜かれた肉体を持つ白銀騎士団ではあるがこうなってしまうとただの被害者と言えよう。
「ゴフッ。化……けもの」
谷底に落ち、最後の一言で兵は意識を失う。兵の周りには不自然な距離が空き、誰も助けには向かう者はない。誰しもが戸惑いを感じ、思考を放棄しようとしている。
状況が膠着しようとしているその時に一人の兵が声を上げる。
「し、死神が!?」
声を上げた兵に空から降って来た影が覆い被さる。
ゴスッ! ドッ!
鈍い音を立て、影は一瞬で叫んだ兵を無力化する。状況が掴めない兵に一瞬で恐怖が走る。
「な、何が! ッゴフ」
また、一人の兵士が倒れる。
「おい! 何かがいるぞ!」
兵士の一人が叫ぶ。
「ヒッ、助け」
低い角度から掴み倒された兵の上に狼が覆い被さる。狼はそのまま兵の喉笛に食らいつき、咥えた兵をそのまま放り投げる。兵の混乱が限界に達し、また別の兵士が大声を上げる。
「コ、コルセイがいるぞ!!」
死体の影からゆっくりとコルセイが体を起こす。
「ウ、ウオーーン!」
コルセイが四つん這いになり次の兵に標的襲いかかると同時に兵士達は一斉に背中を向け走り出した。
※※※
谷底では阿鼻叫喚という言葉が相応しい場面となる。我先にと逃げ出した兵は後方の兵を薙ぎ倒し、兵の上を兵が逃げ惑う。
「どっどけ!」
「待て! そちらには」
「うおー!! こ、こっちにくるんじゃねーー!
コルセイが向かう先に人の波が押し寄せる。ダレスは渓谷の下にコルセイの救出に向かいながら考える。
(コルセイやりすぎだ。兵が我に戻ったら終わりだぞ)
ヨルムがいるという情報をシモンズより受けた。そうでなくてもヤケクソになった兵がコルセイに一斉に襲い掛かればコルセイも対応しきれないであろう。
迂回しコルセイの元に向かうと、途中息を切らしながらこちらに来るオリビアと顔を合わせる。
「これは!?」
「コルセイだ! あの剣と鎧のせいで暴走している。ヨルムはどうした!?」
「放置した。しばらくは来ない」
「放置?」
「それよりコルセイが心配。正気に戻らないと危ない」
オリビアは唇をキュッと噛むと乱れた呼吸を整える事もなく谷底に向かってスピードを上げる。しかし谷底まではまだ距離があり、例え辿り着いてもコルセイを救出するのはかなり難しい状況である。
「こうなればヤケクソだ! やられる前にやってやる!」
兵の一人が罵声を上げコルセイに襲い掛かる。コルセイは素早く身を躱すと、背面に回り、手にしたショートソードで兵の背中を突き刺す。そのまま兵を突き倒すと捻り込むようにショートソードを食い込ませ、兵を絶命させる。
コルセイに対し相変わらず兵の怯える目は変わりない。しかし、時間の経過と共に兵達の間に落ち着きが戻り始める。兵の何人かが共謀しコルセイに反撃に出る算段をつける。
「合図と同時に行くぞ」
合図と共にコルセイに斬りかかったのは三人。躱し辛いように突きや斬撃を組み合わせての攻撃である。
コルセイは突きを軽くいなし、斬りかかる兵の脇に剣を突き刺す。続けて突きを繰り出そうとする兵の後ろに回ろうとした所でコルセイの足が止まる。足元に複数の矢が突き刺さったのだ。距離をとった兵が弓を手にコルセイに標準を定め直す。
「手を休めるな。打て! 打てぇ!」
矢が絶え間なくコルセイに降り注ぐ。コルセイは素早く敵兵の一人の腱を切るつけるとあっという間に無力化、その兵を盾に矢を凌ぎきる。しかし、凌ぎきったのも束の間、矢の雨が落ち着く頃には剣兵と弓兵により布陣を組まれコルセイはすっかり囲まれてしまっていた。




