第ニ章 第36話 シオンヌの覚悟
ザッアアアアアアアアアア!!
シオンヌの耳には先程からこの音しか聞こえてこない。時折飛んでくる石や枝に耐えながら大きな障害物に当たらないように祈るばかりである。立派な甲冑を着ているお陰で、今のところは身体に障害が残りそうな傷はついていない。しかし、この勢いで何かに衝突したり挟まれでもしたら一発であの世行きである。
林を出て獣道に出る。首を上げ、小さい飛来物さえ耐えれば死ぬ事は無くなったようだ。少し余裕が出たシオンヌは更に頭を上げ状況を確認する。自分の腕にはきつく縛られた縄があり、その先にはシオンヌの体重を物ともしない魔物が一匹。暗くてわかりにくいが狼に似た魔物に見える。その狼に並走して走っている者がシオンヌを恐怖のどん底に陥れる。
(な、何でこんな事になったのだ)
黒い甲冑を着こんだ人間……なのだろうか? 腰を低く落とし、四つん這いに近い走り方、狼の魔物と同じく獣のような呼吸をしている。
時折、こちらを確認するようにチラチラと目線を送ってくるのだが目は完全にいってしまっている。魔力で光る甲冑の赤い光も相まって子供の時に本で見た神話のケルベロスそのものに見える。
「ハッハッハッハッ」
獣特有の荒い息遣い。シオンヌは子供の頃に父に連れられ狩りに行った事を思い出す。動物を怖がるシオンヌに対し父は罵声を浴びせ、そのすぐ傍に構える父が飼っていた猟犬がシオンヌを見下している。
「くそ、こんな時に!」
勢いよく走っていた魔物が止まる。恐る恐る顔を上げると魔物に合わせ黒い甲冑の男は頭を上げ遠吠えをあげている。
「ウッウッ。ウオーーン!!」
いつの間にやらシオンヌは開けた場所に連れ出されていた。テンションが上がってきたのか、先程から魔物と男は遠吠えをあげ続けている。やがて魔物と共にゆっくりと顔を下げると視線がシオンヌと交わる。暗闇の中でなぜここまではっきりと目線が交わるのか、シオンヌには理解する事はできなかったが、目線が交わった瞬間に一つの事をシオンヌは理解した。
ーー俺はこれから死ぬのだろうと
魔物が勢いよく顔を上げると縄は真っ直ぐな直線を作る。勢いよく引かれた縄はシオンヌを宙に浮かせ、身体は吸い込まれるように男に向かって行く。男は半身で立ちシオンヌがこちらにくるのを待ち構えている。シオンヌの視界が男の姿をハッキリと確認すると同時にシオンヌの顔の中心に熱い鋼鉄が撃ち込まれる。シオンヌは顔がなくなるような錯覚を覚え、一瞬にして意識を保てなくなった。
※※※
その頃、シモンズは林の片隅で身を潜めながらリュケスの一連の行動を見張っていた。女はシオンヌが居なくなったのを把握したようで凄まじい慌てようである。
「やられた!!」
背の高い女が焦った様子で頭を抱え林に走って行く。
「あれはヨルム? ではミドガーもいるのでしょうか? とりあえず早く仕事をしなくてはなりませんね」
シモンズは腰を落とし立ち膝の状態になると地面に手を置き小さく呟く。
「佇むものよ、歓迎する。土に隠れたまえ」
兵に二重に包囲されたリュケス。先程まで【恐怖】の影響で怯んでいた兵士も戦意を取り戻し、固く守備を固めリュケス包囲網は万全の状態となっている。そんな中、スケルトンの一挙一動を見逃すまいと凝視している兵士のうち一人が小さく声を上げる。
「おい、あのスケルトンなんか縮んでいないか?」
最初は驚いた兵士一同であったが、見下ろされていたスケルトンの顔の位置は今は自分達の目線よりやや低いところにある。
「何か覇気もなくなったような気が」
また一人、兵士が声を上げる。間合いの中に入れば確実に殺されると恐れていたスケルトンも今は野良にいるはぐれスケルトン程度の覇気しか感じない。
「い、行けるんじゃないか? お前行ってみろよ」
「お、おま、よくそんな事言えるな。お前こそ言ってみろ」
「じゃ、じゃあせいのでいくぞ。せ、せーの!」
複数の兵士が飛びかかろうとすると突然スケルトンが姿を消す。
「!?」
そこにいた兵士全員に動揺が走る。周りをキョロキョロと見回し、安全を確認すると、恐る恐る先程までスケルトンが立っていた場所に近付く。地面は薄らと弾力を持っており、兵士の一人が地面を蹴り掘り起こしてみようとするが奇妙な弾力で弾き返された。
「たぶん、ここだよな。ど、どうする? 掘るか?」
「馬鹿言ってんじゃない。いらん者を追いかけるな。シオンヌ様に指示を仰ぐぞ」
しかし、そこにシオンヌの姿は見えない。そういえば先程まで指示を出していた女の姿も確認する事はできない。
「おい! シオンヌ様がいないぞ! シオンヌ様を探せ!」
突然いなくなった上官を探して兵士が右往左往している。少し離れた茂みより様子を見ていたシモンズは状況が上手くいっていると安心する。
「上手くいったようですね! ここに兵が来る前に私は次の仕事に移る事にしますか」
シモンズは笑みを浮かべると茂みを後に林の中へと消えて行った。




