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第二章 第35話 渓谷での戦い


 足音を大きく鳴らし黒狼の部隊が近付いて来る。暗くて全体を見通す事はできないが、僅かな月の灯りから人影がちらほらほらと確認できる。


 複数の小隊、もしくは中隊規模がいるのではないだろうか? シオンヌの指示の元、兵は僅かな月明かりでのみで行動し、衣擦れの音さえも抑え、部隊の気配は完全に絶たれている。


「静かにな」


 渓谷の上では黒狼に向け落石や巨木をいつでも落とせるよう準備が終えられている。僅かな月明かりのみでは黒狼がこちらの兵に気づくことはないだろう。罠にハマるであろうガーランドの報告をシオンヌは緊張の面持ちで待っている。


 一方、ヨルムは暗闇の中、戦況を改めて分析する。このまま黒狼が渓谷に突入すればガーランドは終わりであろう。隊の中腹に落石と巨木を落とし隊を分断、分断された隊を各個撃破。ベタな戦術ではあるがジマの古城に向かうにはここを無らなくてはならないのだから、これほど効果的な作戦もない。


 ちなみに迂回した場合は白銀の本隊がジマの古城に合流してしまい、ガーランドの作戦も瓦解してしまう。この限られた状況の中ではここを通らずにはいられないはずなのだ。しかし、先ほどの黒狼にヨルムは違和感を気にせずにはいられなかった。


(んっ? そういえば、何故私は暗闇の中、相手部隊を把握できたのであろうか?)


 ドンドンドン!下っ腹に響く戦だいこが鳴り響く。合図に合わせ渓谷の左右より落石、続いて木材が谷底の黒狼に向け落とされる。ついに攻撃が開始されたようだ。先程までの進軍速度であれば間違いなく隊の中腹に落ちているはずだ。


 戦太鼓が落ち着くと間髪入れずにクラリオンが鳴り響く。音と灯りが一瞬で渓谷に広がり、待機していた部隊は功を求め我先にと分断されたであろう隊に雪崩れ込んで行く。


「おかしい。……静かすぎる」


 違和感の正体は音だ! 黒狼からこちらを視認することはできない。そして白銀からも黒狼をはっきりと視認はできないのだ。何故相手の部隊規模が予想できたのか? それは音である。行軍の際に鳴り響くあの音で黒狼の部隊の規模を把握した。落石などの罠の発動もおそらく相手の音に合わせてである。視界の開けていない夜の行軍、さらに罠がある可能性の高い渓谷をあのガーランドが何も考えずに突っ込んでくるだろうか? いや、ありえ無い。


 渓谷の上に陣取っていた兵はすでに谷底のガーランドに向けて進行中である。ヨルムはこの先にあり得る最悪のシナリオを回避する為、雇い主のシオンヌを探す。近くにいるはずだが? 先程のクラリオンに合わせシオンヌも行ってしまったのであろうか? いや、そこまで馬鹿では無いと信じたい。


「う、嘘だ。な、何故!?」


 恐れ慄く声が聞こえる。ヨルムは薄灯の中、少し離れた場所にシオンヌを見つける。シオンヌは脚を小刻みに震わせ、部下の兵士を盾にしながらゆっくりと最後尾を後にしている。そんなシオンヌの姿が兵の士気に影響が出ないか? とヨルムは心配した。


 しかし意外にも部下は優秀であり、当主の情け無い姿を気にすることなく目の前に現れた強敵に果敢に攻めこんでいる。


 相手が篝火の灯りの元に顔を出す。体は2メートルを超えており、右腕には大ぶりな赤い刃紋の刀、全身に黒い鎧を見につけた巨体。そして人間の象徴とも言える顔の部分には白い髑髏が乗っていた。


「ア、アンデッドだ! スケルトンがいるぞ!!」


 いるはずのない魔物に場がざわめく、スケルトンの足元には斬り伏せられた何人かの兵士が倒れ込んでいる。突如現れた巨大スケルトンに傭兵の何人かは戦意を失うが、数々の戦いを乗り越えてきた白銀騎士団は何とか恐怖に耐え、雄叫びを上げながらスケルトンに切り掛かる。


「ウオォォォーー!」

「く、くらえ!」


 迫り来る兵士を凝視するとスケルトンは足を前に大きく踏見込む。一瞬、スケルトンの足元が黒く光るとその足先より枝の如く白い骨が蔓延る。蔓延った骨は兵士二人の足に絡みつき、骨はあっという間にスケルトンの上半身を形作ると、白銀騎士団の兵士にしがみつく。


 下半身の自由を奪われた兵士は足元に気を取られてしまう。次に兵が正面を確認した時には巨大スケルトンの振り下ろされた斬撃により頭ごと叩き潰されていた。


「カッカッカッカッ」


 笑いと同時に振り撒かれる黒い靄。まるで人間を殺したことに喜びを感じているようなスケルトンに兵は凄まじい恐怖を感じすぐさま理性が限界に達する。脱走する兵士が相次ぎ、何とかこの場に残った者でさえスケルトンに対し立ち向かおうとする者はいなくなっていた。


「おい、何をやっている。私を守らないか? ほ、ほら早く行け!」


 シオンヌは自分の前の兵を押し出そうと前の兵の肩を掴む。兵はシオンヌの手を振り払い顔を覗き込むんで来る。


「お、俺はあんな奴と戦うとは聞いていない」


 兵士がシオンヌに背を向け走り出そうとする瞬間。涼しい鈴の音が周辺に響き渡る。恐怖に濁っていた兵士たちは鈴の音で平常心を取り戻し、少しの間を置いて我に返る。


「落ち着きなさい! これでは相手の術中にはまってしまってますよ。数はこちらが圧倒的に勝っているのです。攻めが厳しいなら守りに、近距離で駄目なら距離を置いて戦いなさい。歴戦の白銀の名が泣きますよ」


 シオンヌの前に現れ、鈴の音を鳴らしたヨルムは涼しい顔をして立て続けに指示を出す。


「誰か援軍を。この場には千人もの兵がいるのです。いくら強力なアンデッドが出てもこの戦力で負ける訳がありません」


 女の声はスポンジが水を吸うが如く自然と心に入ってくる。落ち着いた兵士達はスケルトンに対し防御を固め、連携を取り直すと距離をとりながらスケルトンを取り囲んだ。そんな兵を眺めながらヨルムはシオンヌに背を向けたまま声をかける。


「場は持ち直しました。シオンヌ卿も落ち着いてどっしりと構えていれば良いのです。兵を率いる者としての自覚をもう少し持って頂けますか?」


 いつものように嫌味たっぷりに挑発する。今頃、青い顔を真っ赤にしなおしているのだろうか? あの調子ならそろそろ爆発してもおかしくないだろう。


 しかし、それもしょうがない事である。恨むなら無能な自分を恨んで欲しい。ああ、早くこの契約を終わらせ帰りたい……。ん、それにしても反応がない。頭が爆発して憤死でもしてしまったのであろうか? ヨルムはスケルトンに気を配りつつ後方を確認する。


「えっ? シオンヌ卿?」


 その場には何かを引きずったような跡。引きずった跡は延々と後方の林に向かって続いている。


「やられた!」


 ヨルムは頭を抱えると引きずられた跡を追い、林に向かい全力で走り始めた。


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