第一章 第5話 ランドルフは良い人だった
ヒエルナ中央広場訓練場
「ランドルフ伍長、カルディナ小隊長おはようございます!」
姿勢をただし声を張る。しかし、デートだというのにカルディナは何故か普段の装備を身に着けており、さらにその傍らにはランドルフが微笑みを浮かべながら佇んでいる。そして、カルディナ殿は何とも言えない不満そうな表情を浮かべていた。
「あれ、その装いは? というかランドルフさんがいる? オ、オルタナはいないのでしょうか?」
キョロキョロと訓練場を見回すがオルタナの姿は見当たらない。
「いないわよ。ランドルフなんできたの? 彼と二人でデートしたかったのに」
「!」
【デート】という言葉に露骨に動揺してしまう。そんな初々しい反応をしているコルセイにランドルフは苦笑いを浮かべる。
「バカね。隊長が貴方をデートに誘う訳ないでしょ。訓練よ、訓練、見ればわかるでしょ? あっ……私で良ければこの後、時間空いてるけど?」
「――いや、それは結構です」
自分の純朴をからかわれた腹いせに、怒りを込めランドルフに即答する。
「もう、つれないわね!」
ランドルフが軽口をたたくのを見て、カルディナがいつもの冷笑を浮かべる。
「貴方バカね。なんでランドルフがここに来てるかわからないの? 人を見る目がないと、この先苦労するわよ」
自分から、からかってきたというのにカルディナは今のやり取りで機嫌を損ねたようだ。コルセイはオルタナが言っていた一年で十八人辞めたという言葉を思い出す。どうやらランドルフは心配してついてきてくれたようだ。
「入団審査よ。ランドルフは貴方のこと気に入ったみたいだけど。適正検査も普通だし、はたして、貴方がこの小隊にいる意味があるのか私が見定めてあげるわ」
いったい何のテストであろうか? 正式な入団テストは終わり、優秀な成績などとは言わないが無難な結果を残してはいる。そもそも只の一兵卒のコルセイに何を期待しているのだろう?
スタンピートの戦闘ではバカでかいランスをぶん回し、投擲し、あの巨大な魔物をなぎ倒す。もし、模擬試合などと言われたらオルタナの元同僚に十九人目が追加されるのは間違いない。
「よ、よろしくお願いします」
目の前にいる、顔だけの可愛い隊長に何をされるのか? コルセイは気が気でなくなり、不安から身体が硬直する。
「そんな心配しなくていいわ。今から一発ぶん殴るからそれをしっかり受けなさい」
(……殴る? この人は一体、何を言っているのだろう?)
恐れや怒りを超え、呆れの感情が湧き上がる。コルセイの顔が凄まじ速度で表情が変化していくのを見て、ランドルフがため息をつく。
「ちょっと隊長、言葉が足りなさすぎるわ。コルセイちゃんが今にも泣き出しそうな顔になってるじゃない」
青白く変化し始めたコルセイの表情を見て、すかさずランドルフが助け舟を出す。
「はい、これ」
ランドルフがコルセイにはやや大きめの革の盾を渡す。
「私が使う片手用の盾。ほら、私、少し人より大きいじゃない? だからコルセイには少し大きいかもしれないけど、両手で構えるにはちょうどいいんじゃないかしら? 頑張って、隊長の一撃を受け止めて見て!」
ランドルフのフォローで少し安心するコルセイ。そんなやりとりを見て、渋々カルディナもコルセイに声をかける。
「別に剣や槍でやろうってわけじゃのよ。私が使うのはこれよこれ。木の棒! もちろん手加減もするわよ」
木の棒と呼ぶにはやや太いような気がする。角材と言った方が適切ではないだろうか? まあ、この盾の革の厚みと強度であれば流石に串刺しという事はないだろう。肩から半身を隠し、全身で地面を噛み締める。
「行けそうな気がする。隊長。いつでもどうぞ!」
腰を落とし足を開く。流石に一発だけならいけるだろう。
「昨日のスタンピートを思い出しなさい! 全力で行くわよ!」
(えっ! 全力? 話が違っ――)
大きく振りかぶられた一撃は破裂音を響かせ、踏ん張るコルセイごと吹き飛ばす。数メートルほど宙を飛びながら、その衝撃はコルセイの意識を奪っていった。