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第二章 第12話 アイアンホーネット


 小一時間も歩くと夥しい量の枯葉と木材が山積みにされているのを見つける。


「ここだ。準備は出来ている」


 ダレス隊の兵士により火がかけられる。瞬く間に火は燃え広がり、凄まじい勢いで煙が上がる。谷の入り口から吹く風に煙が煽られ、あっという間に谷の奥一面を白く染めていく。煙からは草木の焼けた臭いとは別に酸っぱい臭いも漂よってくる。


「ダレス、この匂いは?」


「スリの葉という虫除けなどで使う植物だ、焚き木の中に入れ煙で使用する。この谷のアイアンホーネットには良く効く」


 そういえばさっきほどからその魔物を見かけない? 時間の経過と共にコルセイが焦り始めたところでダレスが口を開く。


「よし、そろそろ効果がではじめる頃だ」


 ドスンと谷底に幼児程度の塊が落ちる。落ちた塊を見ると石から六本の脚が開き、小刻みに痙攣している。ダレスはその痙攣した脚の付け根に剣を突き刺し、捻り込む様に押し込む、石の魔物は脚をピンっと一度伸ばし、紫色の体液を流しながら動かなくなる。


「この鉱物がアイアンホーネット。この谷の蜂だ」


「これが蜂? 石の塊では? 羽を伸ばして針を突き出しブンブン飛んでいるのを想像してたよ。俺たちの剣で殺せるのか?」


「多分コルセイの力で切る事は出来ない。今みたいに脚の付け根の柔らかい所に突き切り込むか、アイアンホーネットを超える重さで潰すのが有効だ!」


 力強い言葉と同時にアイアンホーネットの二回りは大きい石をダレスが投げつける。熟れた果物が潰れる様な音と共に地面に落ちたアイアンホーネットは動かなくなる。


「俺に潰す事は無理かな……」


 コルセイが落胆していると白く染め上がった視界からボトボトと石の雨が降りはじめる。


「アイアンホーネットは谷の岩壁より獲物を見つけ空中より襲う。対策を取っていない中隊程度では全滅もあり得る。リュケスなら切り込む事も可能だろう、剣の破損にだけは注意してくれ。少し荒っぽいが今は急ぐ。このまま相手の戦力を削ぎつつ奥の巣に向かおう」


 助言を聞き、コルセイは勢いで飛び出した事を少し反省する。


(一人で助けるって啖呵を切ってきたのに危うく死ぬところだったな、俺)


 ※※※


 スリの葉入りの煙は効果覿面でアイアンホーネットは瞬く間に無力化されていく。コルセイとダレス隊は急ぎ谷の奥へ向かうが、今の所オリビアを含め攫われた人を確認する事ははできていない。更に奥に進むとそこには窪地があり、その壁面にはやや土に埋もれた人工的な横穴が口を開けていた。ダレスは注意深く奥を確認すると危険がない事を隊に知らせる。


「この人工物を誰が作り、何の為に使っていたかはわからない。しかし、だいぶ時間が経っているのだけは分かるな」


「そうだな。残念な事に立派な建造物も今は魔物の棲家として使われているわけだ。ここからどうする? また煙を炊くのか?」


「もちろん。出来るだけ危険は排除してから進みたい」


 ダレスが部下に合図を送り煙を炊き始めると不可解な現象が起きる。洞窟の奥から入口に向けて空気が逆流してくる。洞窟の奥に向けて流れていた煙は、あっという間にコルセイ達を包み視界を奪う。


「ゲホッゲホッ。ダレス、これはなんかおかしい。少し隊を下げて確認した方が良いじゃないか?」


「もうやっていている。しかし、少し遅かったようだ。ゴフッ」


 ダレスは少し後ろによろけると腹部を抑え、そのまま倒れる。抑えた手からは赤い液体が滲み出る。コルセイは急いでダレスを抱え、距離を取ろうとする。


 その瞬間――


突風と共に視界が開ける。その先に現れたのは今までの数倍はあるアイアンホーネット。ホバリングで空中に留まり、コルセイ達を見下ろしている。巨大な外殻は他のアイアンホーネットとは違い黒い血管の様な物が頭部から腹部にかけて走っている。


「アイアンホーネットの……女王か」


 クイーンは抜刀したコルセイを確認すると鋭い顎をカタカタと鳴らして威嚇、その数瞬後には身体中に走った血管のような模様が緑色に発光し、鋭いかまいたちがコルセイ達を襲う。運良く当たりはしなかったものの、コルセイが咄嗟に身を隠した岩はその表面をすっぱりと削り取られていた。


「魔法を使うぞ! 密集するな、的になるぞ!」


 コルセイは岩場から飛び出るとスリングで素早く投石を繰り出す。しかし、クイーンの外殻に阻まれダメージを与えることが出来ない。周りを見渡すとダレス以外にもかまいたちを受け、絶命しているものもいる。


「弓を持っているものはいないか!? 矢を射かけろ!」


 体制を整えた数人が弓で反撃するが、クイーンの巻き起こす風で矢は一掃され、数人が深傷を負う。怪我を逃れた数人がなんとか応戦しているが、小隊は半壊状態でこのまま救出作戦を続行するのは難しそうである。


「ダレス! 隊を後退させてくれ。誰か! ダレスに肩を貸してやってくれ!」


「待て! お前一人では危ない。ここは全員で撤退だ」


「ダレス。状況はかなり悪い! 俺の考えが上手くいけば少なくともお前達は逃げる事はできる。お前はこれを塗りたくって撤退しとけ」


 スリの葉を力いっぱいすり潰してダレスに塗りたくると、勢いよくクイーンに向かって走る。コルセイを視界に収めたクイーンが緑色に発光した瞬間、コルセイの身体を足場にして二股狼が大きく跳ね上がる。口に咥えられているのは液体の入った瓶。


 二股狼が瓶をクイーンの頭部にぶつけると液体は一瞬で頭部に広がり発火する。


「キッシャーーー!?」


 クイーンは何が起きたか把握する事ができず火を消そうと無闇矢鱈に飛び回る。しかし、液体のたっぷり染み込んだ頭部からは中々炎が消えない。


「ダレスー。スケさんの事頼んだぞーー。俺はこのまま奥に向かう! 上手く逃げろよーーー!」


 コルセイは二股狼と共に洞窟の奥深くへと走り抜けた。


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