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第二章 第8話 アイスミレ平原


 アイスミレ平原


  ピレシー山脈の麓に広がるアイスミレ平原。その昔、山の神が人間に裏切られ、その悲しみから吹雪が始まったといういわれがある。実際にはピレシー山脈より吹く、冷たく乾燥した北西風によって人の住めない場所となっているだけである。風は例外なく全てのものの、体温を奪い、容赦なく生きる活力を失わせる……はずだが、行軍中の黒狼傭兵団はテンションが何故か高い。


「小隊長、小隊長。今回の討伐、首尾よく行きましたね。これで二年ぶりに本隊に合流できます」


「シモンズさん。その小隊長というのはやめて頂けませんか。皆が俺を怖がって、実質的に指揮をとっているのはシモンズさんじゃないですか」


 男は胸元につけていたペンダントをそっとしまうと話しかけて来た男に向き直す。シモンズと呼ばれた男が人の良さそうな顔をしているのに比べ、アイスミレの寒さにやられたのか、小隊長と呼ばれた男は顔色の血色は悪く、薄らとクマもできている。ひょろりと伸びた男の身体の横には、黒い甲冑を身に纏ったスケルトンが佇んでいる。


「ほら小隊長、リュケスさんのフェイスシールドが取れかかってますよ」


 シモンズは戦闘でズレたリュケスのフェイスシールドを手早く整える。シモンズは生者の敵といわれるスケルトンを怖がる様子は微塵も感じられない。


「怖がらずについてきてくれてるのはシモンズさんだけです。ありがとうございます」


「何を言ってるんですか! コルセイさんとリュケスさんには何度命を救ってもらった事か。私はこの隊ができた際に真っ先に志願したんですよ」


※※※


 ロザリア王国。ピレシー山脈に囲われ、残りは見渡す限りの海。地の利によって外敵から国土を守る歴史のある国である。しかし外敵がいないのをいい事に、国内では年中ドンパチしている。国は疲弊しており、凶作で頻発する農民の反乱に対し、国のお抱え騎士団は反乱の鎮圧に精一杯である。


 お尋ね者などの捕縛は税金を使い、傭兵に丸投げしているのが現状であった。先の反乱により大勢のお尋ね者が出た関係で、黒狼傭兵団の一部(コルセイ率いる小隊)もお尋ね者捕縛作戦に駆り出され、コルセイ率いる小隊は二年の歳月をかけ、やっと反乱の首領を捕まえる事に成功したのである。小隊は作戦の成功と久しぶりに本隊に合流する嬉しさで浮かれていた。


「オリビアさんが待ってるんじゃないですか? 今回の功績でガーランド隊長もコルセイさんの事は認めて下さっているでしょうし、オリビアさんの事ハッキリしてそろそろ落ち着いても良いじゃないですか?」


「お、落ち着くってどう言う事ですか? オリビアとは仲間であってそんな特別な関係じゃないですよ?」


「またまた。娼館に誘ってものらりくらりと誘いをかわし、言い寄る女にも手をつけない。オリビアさんと手紙のやりとりをしてること知ってるんですよ!」


 オリビアとは今でも仲間の域は出ていない。そう考える一方でそれ以上考えないようにしている自分もいる事に気付いており、行動を起こさない自分に少し嫌気がさしている。


「それにしてもこいつは本当に連れて帰るんですか? 今回の騒動の発起人の息子ですよね?」


 コルセイの右手には縄が持たれ、その先には一人の若い男が連れられている。


「ガーランドより今回の騒動から上手く逃して俺の所に連れてこい! ときつく言われてまして、俺も面倒くなりそうで嫌だったんですが、言う事を聞かない訳にもいかないですし――」


 シモンズは相槌を打ちながら微妙な笑みを浮かべる。そして連れて行かれる姿に目を向ける。


「それにしても、その格好どうにかならなかったのですかね?」


 目には目隠し、口には猿ぐつわ、手は固く縛られ、後ろで結ばれている、通りがかかる者が見れば大罪人もしくは、拷問ではないかと考えてしまうだろう。


「俺もこれは酷いと考えていますが、これもガーランドからきつく言われての事です。彼はどうやら特殊な力を持っているようで、これくらい徹底しないと隊に何かしらの被害が出てしまうようです。俺も嫌々ですが、しょうがないんです」


「ですが、これはちょっと目立ち過ぎますよね」


 シモンズが少し離れた部下にこっそり視線を送ると部下が捕虜についてひそひそ話している。コルセイも気付かれないよう聞き耳を立てる。


「え、本当なのかその話!」


「当たり前だろ。明らかに小隊長の趣味だよ」


「じゃなきゃ一人の捕虜に対してあそこまでしないだろう?」


 捕虜の顔、口、腕と視線を移し、もう一人の兵士が同じく視線をなぞりコルセイに疑いの眼差しを送っている。


「伊達にスケルトン連れてないって事だな。まさか!? 夜営の時に捕虜の天幕が小隊長の隣合わせになってるのって……そういうことか!?」


「馬鹿! 声がデカイ。そういうことだよ。お前も小隊長には気をつけろよ」


「マジかよ、オリビアさん一筋だと思ってたよ。カモフラージュだったなんて……。若いのに一途で素敵だななんて密かに思ってたけど。そうかあの隈も寝ずにプレイした結果だったとは」


 コルセイの少ない信用がさらに失われ、言われたい放題の状況に涙を流す。顔を上げ、話を続ける部下に視線を送ると光の速さで顔を逸らされる。


 そんな様子に見かねてシモンズが兵士に怒声を飛ばす。


「おいっ!! 小隊長に失礼な事を言ってるんじゃないだろうな! お前らも捕虜と同じ天幕に入りたいのか!?」


「ひいっ」


 兵士二人は口を閉じ小走りに前方へ走ってゆく。


(シモンズさん気持ちは嬉しいがその発言は逆効果ではないだろうか?)


「おっ! 小隊長そろそろ平原を抜けます。本隊との合流地点はもうすぐですよ」


 どうやら本隊の駐屯地が見えてきたようだ。コルセイは何とも言えない気持ちのまま、視界の先の煙に視線を転じた。


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