最終章 第26話 召喚
明らかに違和感がある。ミドガーは魔力のこもった目で再度確認する。全身に隈なく流れる魔力。その、あまりにも凄まじいオーラは迸るマグマのようである。
コルセイの魔力量が各段に上がったのは理解していたが、この魔力量は伝説の賢者と言われたミドガーからしても予想外であった。
「……いや、かつての宿敵も似たような魔力量でしたね」
コルセイが両手を左右へ上げると、練り上げた魔力を両手に集める。
「来い!」
溢れ出る魔力の中から声に合わせて豪著な門が現れる。
右手に現れたのは怒りを表した堀の深い表情をした赤門。左手に現れたのは悲しみを現したのっぺりとした表情の青門である。
「そうですか。ついに、魔王の力まで使役できるようになったのですね!」
高笑いをあげるミドガーをよそに、それぞれの手から召喚された門が一斉に扉を開く。門は悲鳴のような声を上げて、魔力を帯びたものを吸い込み始めると、カルディナとミドガーを守護する紫電の龍を一匹、また一匹と門の中へと吸い込み始める。
「カルディナ!」
門の存在が厄介と判断したミドガーは、カルディナに門の破壊を命じる。しかし、カルディナが脚に力を込めるより先に、コルセイが召喚した長刀をカルディナに振り下ろす。
金属と金属がぶつかり合う鈍い音が響き、カルディナとコルセイが一瞬で肉薄する。カルディナは歯を食いしばり、ギリギリと奥歯を噛み締めると、腕を大きく前に出し、自分の間合を取るために距離を取ろうとする。
しかし、コルセイは間合いをとることを許さない。人の背を超えるランスの懐に入ると、カルディナに再び肉薄する。
(強制的に造りだしたとはいえ、今のカルディナは勇者と同等の力を持つはずです。しかし、そのカルディナに対し、スピードとパワー共に対等に渡り合っている!)
「しかし、そうでなくては! 私も命をかけてかけて戦わせてもらいますよ!」
腕が振り下ろされると、冷たい風がコルセイの脇を通る。風は色を帯びており、淡い赤色の風がカルディナの腕と足に纏う。
「!」
その瞬間、カルディナの持つランスが重さを増す。二度三度と打ち付けられるランスにコルセイはたまらずに距離を取る。
「ハァァァァァ!」
カルディナが声を上げ、魔力を込め直す。紫電の龍が門に無力化されるのを嫌ったのか、自分自身とランスに龍を纏わせると、ドラゴンの首でも一太刀で落とせるようなオーラを纏ったランスを大上段に構える。
「シッ!」
歯の間から漏れる鋭い音を残して、カルディナが再び距離を詰める。その動きに対し、コルセイが死角に潜り込もうとするが、その動きを読んでいたようで、コルセイが肉薄する瞬間を狙い。真上へと飛び上がる。
不意を突かれ、上空から振り下ろされるランスにコルセイの反応が遅れる。
「くっ!」
苦し紛れに手に持つ長刀を投げると攻撃に僅かな隙が生まれる。その僅かな隙を狙い、身体を地面に回転させると、何とかカルディナの渾身の一撃を躱す。
コルセイが視線を僅かにずらし、ランスの先をたどると、巨大な地割れと凄まじい砂埃が一面に舞っていた。
(あれをまともに食らえばいくら魔王の能力を使っても致命傷は免れないだろう。赤門も青門も今のカルディナに対し効果は薄い)
コルセイは両手を合わせ小気味よい音を鳴らすと、そのまま召喚された二つの門を地中へと還す。
「来ぉぉぉぉい!!」
再び、コルセイの前に漆黒の門が召喚される。門の正面には赤門や青門のように人間の表情などは描かれてはおらず、髑髏を模した立体的な絵が描かれている。
「させませんよ!」
危険を察知したミドガーがカルディナを再びコルセイに差し向けようとしたその時。
――こちらに向かい一筋の光が走る
カルディナに真っすぐに向かうのは黒い刃紋の刀。刀は光の如く、鋭く、そして真っすぐにカルディナを捉えてる。このままでは串刺しになると、カルディナがその場に停まり、刀をはじくと、その先のランドルフが力なくコルセイに笑いかけた。
「ありがとうございます!」
漆黒の門が開かれる。門の先には決して見通すことができない闇が広がる。しかし、見えてなくてもその場にいる者は一瞬で理解していた。その闇の先には人のは理解できない、触れてはいけない何かが存在することを。
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ミドガーは口を真一文字にして厳しい視線をコルセイへと送る。
先ほどのカルディナの一撃。できるなら外したくはなかった。反応を鑑みるにあの一撃ならコルセイを再起不能にできたのは間違いないだろう。
(しかし、当てられなかったものはしょうがない。コルセイの魔力は尋常ではありませんが、相手をできない程の力ではありません。あの漆黒の門は厄介そうですが、一度体勢を整え隙を窺って一撃を与えれば――)
頭の中でコルセイの行動パターンを幾つかのシミレーションを行ったところで門の先にある異変に気付く。
「――!」
数百年の時を過ごし。あまたの知識を兼ね備える自分が久しぶりに味わう感覚。
「な、なんだあれは!?」
しかし、記憶の引き出しをいくら引き出しても、漆黒の扉に潜む何かに該当する者は見つけられない。何か新しい情報を得ようと必死に視線を巡らせるとあることに気付く。
「――無いっ!」
首を動かし戦場を端から端まで見渡す。
「コルセイ! 一体、貴方は何をしようとしているのですか!?」
ルイ、ブラッスリー、リュケスの身体が見当たらない。それどころか戦場に散らばっていた無数の魔物の死体全てが戦場から消失していた。




