最終章 第2話 紅茶
「それで、あんたが探しているオリビアとやらはどこに囚われているんだい?」
不機嫌な声を投げかけるルピシア。手にはいつのまにやら紅茶入れを持っている。テーブルの上にはコップが三つ並べられており、ガイブとオリビアの分まで用意されているようである。
「匂いのした方角から考えて城の外れ。ルピシアから聞いていた【五月闇に牢獄】に囚われているようだ」
「五月闇の牢獄だって? あんたそれって……」
「ああ。あんた達が探している隊長が囚われている牢獄と同じだ」
オルタナからの情報を得ているルピシアにとって、この報告は驚きであった。オリビア、カルディナと別々の人物を求めた先に行きついたのは偶然にも同じ場所だった。
「俺の鼻は匂いをたどれば確実にオリビアの所へ行きつく。コルセイたちがここにいつ来るのかは分からないが、オリビアの身体を考えると一刻も早く助け出したい」
五月闇の牢獄は世に明かされていない牢獄である。もし、ガイブが侵入しオリビアを助け出せば翌日からの警備は比較にならないほど強化されるであろう。ガイブの発言を受け、ルピシアの紅茶が注がれたカップは先ほどから微動だにしない。
「警備を考えればチャンスは一度のみ。……しょうがないね。私も行くよ。あんたはオリビア、あたしは隊長を救出する。ナンナ、あんたは留守番だ。私の信用できる仲間を置いてゆく、ここで大人しくしているんだよ」
ナンナはすぐに抗議の声を上げようとするが、咄嗟にその口を両手で押えると二人より視線を外す。そんなナンナを見て、ガイブは優しく近寄るとそっと肩に手をのせる。
「悪いな。不安な気持ちは良く分かる。でも、お前にも新しい仕事があるのだ」
「仕事?」
「ああ。万が一ルピシアと俺が敵に捕まった場合、助け出すためには情報が必要だ。コルセイとアヤカにこのことを知らせてくれるか?」
「……うん。どうせ私がついて行っても足を引っ張るのはわかってるもん」
しょんぼりと顔を落とすナンナに今度はルピシアが声をかける。
「おいで」
ルピシアが両手を服から覗かせるとナンナを持ち上げ、ゆっくりとルピシアの胸へと抱き上げる。
「いいかい、ナンナにはナンナにしかできない仕事がある。それに疲れて帰ってきた私達にお茶を入れる人物が必要だろ」
「うん」
「よし、決まりだ。あんたの兄ちゃんは凄腕の格闘家。私はヒエルナを陰で操るルピナス様さ。二人を助けるなんて朝飯前だよ」
ルピナスはナンナをソファに降ろすと砂糖がたっぷりと含まれた紅茶をナンナに手渡す。
「ナンナは紅茶を飲み終わったら食事の用意しておくれ。私とガイブは五月闇の牢獄の侵入プランを練らなくてはならないからね」
「うん! ランドルフ特性のオムレツとフォレストボアの入ったシチュー作る!」
ルピナスとガイブが笑顔を向けるとナンナは二人に背を向け、足取り軽く調理場へと歩いて行った。
※※※
深夜 五月闇牢獄近く
深夜の闇に紛れて二つの影が動く。漆黒の衣を身に纏ったガイブとルピシアは完全に闇と一体化している。幸い今夜は新月である。よほど目の前まで近づかない限り、二人の存在に気付くものはいないだろう。
「いいかい。打ち合わせ通りに行くよ。私が先行して進み、あんたが続く。戦闘が始まればあんたの出番だ。オリビアの匂いが強くなればそこからはあんたの意志で進みな。そこからは別行動で動くよ」
ルピナスの情報網を使っても五月闇の牢獄について詳細を得ることはできなかった。ちなみにガイブの鼻に引っかかったのも地上からではなく、外壁の上空から漂ってくる僅かな臭いである。
匂いのした場所からルピシアは一つの可能性を導き出す。その答えはこの場に似つかわしくない庭師が使うような刈込ばさみだ。
「変な所を触るんじゃないよ!」
ルピシアのもこもことした服が折りたたまれ、収納されると、ルピシアの身体のラインがはっきりとする。ガイブは老婆の理不尽な発言にうんざりしながらもルピシアの脇の辺りを両手で掴む。
(そもそも人間の雌に興味などないのだが……)
ルピシアを抱えたままガイブが太ももに力を込める。鍛えられた大腿四頭筋が固くなり、腿に幾本もの筋が走る。
「フンッ!」
腿にためられた力を開放しガイブとルピシアが上空に向け発射される。ルピシアの身に着けている帽子がバタバタと風を切り、ルピシアの年齢を重ねた表情が風を受けダボダボと揺れている。高さは十メートルを優に超え、城壁をもう少しで超えるという高さまで上昇する。重力に引かれ二人の身体が落ちようとしたその時
「とりゃっ!」
ルピシアの掛け声と共に刈込ばさみで空間が切られる、城壁の先には空間にあるはずのない不自然な裂けめ。刈込ばさみを素早く手放すと、懐から鉤紐を取り出し裂けめへと投げ入れる。ガチッ! という金属が引っかかる音がするとガイブとルピシアは蜘蛛の糸にぶら下がるように城壁に身体を引き寄せる。
「ウヌ。予想が当たったな!」
「ケッケッケッ当たり前じゃ。さあ行くかのぉ。さっさと二人を助けてナンナの入れた紅茶を飲みに帰るよ!」




