第七章 第1話 それぞれ
「ランドルフさん! 物陰に潜んでますよ!」
「オォォッ!」
野太い声を上げ、ランドルフが岩の影に潜む巨大な蜥蜴を岩ごと叩き切る。蜥蜴は自身に何が起こったか理解することなく真っ二つになり、体を地面に横たえる。
雪中に隠れる怪鳥スノウオウル、岩や地形に擬態するマウンテンワームなどのピレシー山固有の魔物とは何度か遭遇したが、ランドルフの戦力やアヤカの幅広い知識を超えるような魔物に出会うことなかった。
二人のケッフェルン廃城に向かう道中は比較的順調である。ガイブとナンナと別れ三日が立ち、ピレシー山の下山も残るところ僅かだ。
「アヤカはあっちにいるときにコルセイとは何か進展はあったの?」
「や、藪から棒に何をいうんですか?」
「まぁ。いいじゃない。話してみなさいよ」
普段、ランドルフから立ち入ったことは聞いてこない。このようなことを聞いてくるのは普段の様子とは異なるアヤカから何かを感じ取ったからだろう。あるいは長年の付き合い故にアヤカの心情が筒抜けなのかもしれない。アヤカはふーっと小さく息を吐くと少しはにかみながら話を始める。
「特に……何もなかったんです。それが逆に問題なんですけどね。本当はこの時代に戻ってきたら全てをハッキリしてもらう予定だったのですが、オリビアはいなくなってしまうし、コルセイは……もう本当にイライラします」
「アヤカは本当にコルセイちゃんが生きているのを疑わないのね」
「前はたぶんって感じでしたが、今は確信めいたものを感じます。もちろん根拠なんてないんですけどね! 勘に頼るような発言は以前の私でしたらありえないのに……私ったらどうしちゃったのかしら」
アヤカの口調は苛立っているように感じるが、表情はどことなく晴れ晴れとしている。そんなアヤカの表情を見てランドルフもつられて微笑みを浮かべる。
「そういえばコルセイの奴、めちゃくちゃ強くなったんですよ。ケッフェルン廃城に行ってヴァンパイと修行したみたいなんですけど更なる禍々しいオーラと変な能力を身に着けて帰ってきました。戦闘では圧倒されていたとはいえ、伝説の魔王と戦っていたんですから」
「ヴァンパイと修行して魔王と戦闘ね。ブリザーブドドラゴンと戦っている時もだいぶ強くなったと思ったけどもうコルセイちゃんは普通の人間ではないわね……出会った頃はゴブリンといい勝負してたのに」
二人は出会った頃のコルセイを思い出し何とも言えないため息をつく。もし今のコルセイとランドルフが戦えばいい勝負をするのではないだろうか。
「あっ! うつろいの森が見えてきましたよ」
切りだった崖からアヤカが指さした方角を見ると、黒々とした緑の海が視界いっぱいに広がる。探し出すのは一苦労であるが、この先にケッフェルン廃城があるはずである。
「待ってなさいよコルセイちゃん!」
ランドルフはアヤカを見ると決意を新たにケッフェルン廃城にいるであろうコルセイに向けて声を張り上げた。
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ホワイトドラゴン居住跡地
「お兄ちゃんご飯できたよ!」
ナンナの開放的な声が周辺に響く。空や周囲からオリビアが現れていないかを確認していたガイブは耳をぴくぴくとさせている。
ゆっくりと腰を上げるとナンナのいる竈に歩き始める。竈には干し肉と乾燥トマトを使ったスープに、周辺で獲れた蜥蜴の丸焼きが火にかけられている。トマトの酸味が良く効いたとスープと下味が良く擦りこまれ、脂ののった蜥蜴の臭いがガイブの食欲をそそる。
「ナンナ、少し離れているうちに料理の腕を上げたのではないか?」
「えへへっ! ランドルフに教えてもらったんだよ! ナンナは何でも作れるんだからね」
両腕を腰に据え、平らな胸を大きく張るナンナ。そんなナンナを見てガイブは目を細める。
(本当は旅になど連れてきたくはなかった。しかし、今はナンナと旅をして良かったと思う。前から活発な子ではあったが旅をしているナンナは生き生きとしているし、作られた料理は一人前の腕前だ。大きな成長を感じる)
ガイブは脂ののった蜥蜴肉にかぶりつくと犬歯をむき出しにして一気に噛みちぎる。所々に香草がすりこまれており口の中で肉汁が一気に溢れ出る。
「旨い!」
ガイブの一言に気分を良くしたナンナは鼻息を荒くしてさらに得意げな表情を浮かべる。しかしその得意げな表情は何かを思い出したナンナによってすぐに影を落とすこととなる。
「お兄ちゃん、オリビアなかなか降ってこないねぇ」
「ああ。そうだな。今日いっぱい現れなければここを移動するぞ」
「えっ!? なんで? オリビアまだ降ってきてないよ!」
唐突のガイブの発言にナンナの言葉が少しおかしい。オリビアの捜索を打ち切ったと考えたナンナはガイブに疑問の眼差しを投げかける。
「まあ、聞け。たぶんオリビアはここには来ない。んっ? ナンナそんな顔をするなちょっとここにスワレ」
納得のいかないナンナがガイブの前の岩に腰を掛ける、少し間をおいてガイブがポツリポツリと話を始める。
「実は黙っていたことがある」
「えっ? 私に?」
「いや、他の誰にも話してはいない……話そうとも考えたが迷い……いや自分自身を信じることができなかった」
ガイブが沈黙する。どう話すか迷っているのかもしれない。ナンナは自身が作ったスープを口に含むと、口に広がるトマト風味の酸味を楽しみながらガイブが再び口を開くのを待つ。
「実は俺もここに戻ってくる寸前にとある者に声をかけられた。しかし、アヤカが見たようなはっきりとした姿はなく、ぼんやりと、靄がかかったような姿だ。男か女かもはっきりもしない人物はオリビアの話をしていた。何を言っているかはっきりとはせず、ただその者がしきりにオリビアの事を話し続けている。そんな姿だった」
「なんで皆に話さなかったの?」
「自分の夢かと思っていた。確信がもてなかったのだ。しかし、ここ数日でその姿を思い返すことによりあれはイザベラではなかったのかと考えるようになった」
「イザベラ? お兄ちゃんがサンアワードで戦いに協力してくれた【使徒】……だっけ?」
「そうだ。イザベラはヒエルナ皇国に向かえと言っていた気がする。それと、急げと」
ナンナの表情から笑みが消える。
「お兄ちゃんそういう大事な事は早く言って」




