第六章 第31話 最後の槍
巨人が投げた槍は風を切り裂き轟音を上げながら城に迫り、城壁の兵士はこれから訪れる確実な死を前にして放心している。兵の一人が目を開き槍の姿を間近に捉える瞬間。
城を覆う全ての光のヴェールが槍に収束すると槍を正面から受け止める。辺りは硝子を削るような甲高い音に包まれサンアワードにいるすべての者の視線が槍に集まる。
「お願い」
最初は聞き間違いかと勘違いするほどの儚い声。
「お願い!!」
今度は聞き間違えることがない。少女の声がはっきりと聞こえる。声は城全体に響いているようで皆、城の上空を見つめ声の主を探している。
「神よ!!」
「――オリビア!?」
アヤカは声が聞こえた上空に振り向く。最後にはっきりと聞こえた声はオリビアで間違いないはずだ。槍を包むヴェールの形状が変わる。ヴェールは凝縮しながら面をねじると鎖の形に変質しその反動を利用して槍をはじき返す。槍はふわりと弧を描くと場外へと落ち、高い土煙を立て完全に沈黙する。
「い、生きて」
「助かった」
「オ、オォォォォォォォォォォォ!」
戸惑いの声はやがて歓声となり歓声は瞬く間に広がり城を包む。城の兵士は『神』を叫ぶ少女を完全に力の主と認識したようである。皆が上空を向きその少女を探すと絶好のタイミングでリーフがバルコニーより声を上げる。
「先ほどの力がヒエルナの力です! そして上空に浮かぶ光は【神槍】【光のヴェール】は神の使徒による正義の力です。神の名を唱えながら戦いなさい! さすれば神の力があなた達に加護を与えるでしょう!」
「あの女、神殿騎士団の団長だぞ」
「ヒエルナ教の奴らか?」
「……神?」
光のヴェールは形を変えながら迫りくる投擲物を次々に弾き返す。城壁に迫りくる巨人も【神槍】により城を破壊することができない。リーフが誇示したヒエルナ神の力全てがサンアワードを守っている。
「神よ!」
兵の一人が声を上げながら城壁を昇る巨人の腕を突き刺す。しかし巨人の皮膚を貫くことはでない。巨大な張り手で槍ごとその兵士が振り払われる。兵は地面に強く叩きつけられると水風船を打ち付けたような音と共に目と耳より血がはじけ飛ぶ。
兵のその様を見ていた誰しもが叩きつけられた兵が死んだと認識をした。
――しかし、城を囲う白い光がその兵を包む。目が眩むようなまばゆい光から兵たちは一度は目をそらすが光の収束と共に再び叩きつけられた兵に視線を戻すと兵は何事もなかったようにその体を起こす。
「なっ」
「こ、これは」
「これが神の力」
神の奇跡を目の当たりにした兵たちは再び歓声を上げる。【自分たちは神の力に守られている】自信は原動力となり城の兵全ての士気を著しく上げる。城壁に迫りくる巨人達に次々と槍を持って突撃を繰り返すその表情に、もう恐れはない。
一方、巨人たちに大きな動揺は見られないものの、死も恐れないサンアワードの兵の突撃に徐々にではあるが戦況がサンアワードへと傾きつつある。
バルコニーからその様子を見ていたアヤカはこの絶望的な戦いに希望を持ち始めてきた。しかし、心の片隅に不穏なものがあるのも確かではあった。この兵士の信仰による熱狂は恐怖と紙一重ではないかと考え始めていたのだ。
(オリビアがこの力を操っているの? とんでもない力を問題なく使えるのだろうか?)
城壁に昇る巨人が一掃され城外に押し出される。城にいる誰もがサンアワードの勝利を確信した時、超大型の巨人が新たに槍を召喚する。しかしどんなに鋭い投擲も光のヴェールを貫くことはできない。城から巨人を見ていた兵士にとっては最後の悪あがきをしているようにしか見えなかった。
「神の力に恐れを成したか? どうせ槍を投げてもここへは届かないぜ?」
「今のサンアワードにはヒエルナがついている! 皆恐れるな!」
「弩を放て! 今がチャンスだ。巨人を殺せ!」
バルコニーから見下ろすリーフも巨人の新たな槍には楽観的で、表情を変えずに時折【神槍】に指示をだしている。しかし、アヤカはその槍の形状を見て底知れぬ恐怖を感じていた。
「……あれはレリック。それも超がつく遺物。はっきりとした効果は分からない。でもあの二匹の蛇が絡む漆黒の槍。……あれは代償を求める遺物では――」
巨人が槍を持った手を大きく振りかぶる。振りかぶった先にあるのは自身の腹部。槍は勢いよく腹部を貫くと夥しい量の出血。あたりには狂った噴水のように血しぶきが飛び散り、流れ出した血液により血の池が出来上がっている。
巨人は今わの際に何かを二言三言つぶやくとその巨体の周りからは背中より純白の翼を背に生やした数十の黒い天使が現れた。




