第六章 第28話 最上階へ
正午過ぎ。街で救助活動にあたっていたアヤカとオリビアにリーフの元に集まるように命令が下る。
「加護を!」
オリビアが最後のケガ人に治癒魔法をかけると後ろで待っていたフォレストよりアヤカとオリビアに声が掛かる。
「そういえばガイブはどうしたんだ?」
「ガイブはコルセイが戻るのを待つそうよ。廃城近くで待機しているわ」
「ガイブはコルセイにぞっこんだな。できてるんじゃないだろうな?」
フォレストは冗談のつもりで言ったのであろう。しかし、このタイミングでこの二人にその発言はまずい。想い人と数日会えず、かつ、安否も定かではない。不安は怒りに変換されすぐさま二人の表情に現れる。
「あ、あれ? じょ、冗談だ。二人ともすまなかった」
間の悪い自分の発言にフォレストは冷や汗をかく。しかし、危急の案内をすることにより何とか乗り越えられたようである。
「フォレストどこへ向かうの? リーフのところに向かうのよね?」
「ああ。ついに俺たちに指揮権が回ってきた。この戦争はリーフ様の指示の下、戦うことになるぜ」
自分たちがあの巨大な鉄柱を投げた敵と戦う。先日みた廃城と日中に見た投擲を考えると、とてもではないがまともに戦えるとは考えられない。
「オリビア。私たちは巨人と本当に戦えるの?」
「……たぶん。神殿の子供達を使うんだわ。そして私も」
「子供達? どういうこと?」
「私も具体的に何をするかは分からない。ただ、直感でそう思うだけ」
いつもに増して感情を表に出さないオリビアにアヤカは大いに戸惑う。しかし、オリビア自身も本当に何もわかっていないのであろう。僅かながら不案な表情がみてとれる。一同は城の中庭を通り王宮の裏手に建てられた神殿へと入る。
「……ヒエルナ神ね」
アヤカがボソリとヒエルナの名前を口にする。目の前には磔にされた仮面をつけた神。巨大な偶像は信者にその存在感をアピールするためにあるのだろうが誰もいないこの空間では不気味以外の何物でもない。元の時代ではこの教会も立ち入りが禁止されており、アヤカもこの先に入ったことはない。この先に何かがあるということなのだろうか?
「お待たせしました」
奥のスライド式の扉が開くと護衛を引き連れたリーフがこちらに向かってくる。柔らかな笑顔を浮かべオリビアを見ている。まるでアヤカはこの場にいないような態度である。
「使徒オリビア。私たちの役目を果たす時がやって来ました」
(使徒オリビア?)
「やめて。私は使徒なんかではない。ただのオリビアよ」
「ふふふっ。でも役目を果たすためにここに来たんでしょ? 自分の役割を分かっているからこそここに来た? 違う?」
リーフの問いかけにオリビアは答えることはない。オリビアはアヤカを見ると少しだけ苦しそうな表情を浮かべ、何かを言おうとする素振りを見せたが、表情を戻してリーフに向き直る。
「私がしたいことをするだけよ。私はこの城を守る。その役目を果たすためにここに来た」
リーフはオリビアの発言に満足したようでフォレストと共に昇降機へと向けて歩き出す。オリビアに続きアヤカが昇降機に乗ろうとすると見計らったかのようにフォレストによって昇降機への道を塞がれる。
「悪い。ここから先はオリビアとリーフ様だけだ。アヤカは俺たちと別任務にあたってもらう」
フォレストは申し訳なさそうにアヤカに謝る。しかし、オリビアがすぐさま後ろを振り返りアヤカの腕を掴む。
「待って。アヤカにも一緒に来て欲しい。リーフ! 別に来ても問題はないはずよ」
オリビアがアヤカと共に行こうとするがフォレストは一向にその場を動こうとしない。
「リーフ! アヤカをここに置いていくなら私はこれ以上は協力しないわ。アヤカも連れてって!」
「……いいでしょう」
フォレストは掴んだ手を離すと小さく二人に謝る。アヤカはこれから何が起こるのか不安に駆り立てらオリビアに視線を送ると、珍しくオリビアの口元に緊張が見られる。オリビアも不安なのだ。アヤカは力強くオリビアの手を握るとオリビアと共に昇降機へと乗り込む。
スライド式のドアを閉め、オリビアが足元の出っ張りを踏むと昇降機が動き出す。アヤカは内臓にかかる不快な浮遊感を感じながら二人の表情を観察する。
オリビアはいつも通綺り麗な顔を崩さずに正面を向いている。しかしその視線の先には何か決意を感じる。大してリーフはどこか楽しげな様子で劇場に足を運んだ少女のような表情を浮かべている。
昇降機が止まり、白一色の部屋へと着く。部屋には誰も居らず無人。部屋の中へと進むと三人はその先の扉の中に入る。扉の先には三つのレリーフがそれぞれの方角にかけられ部屋。中央の台座は赤く薄っらと光っている。
「リーフ。少しだけ二人で話がしたい。前室で待っていてくれるかしら」
リーフは笑顔を絶やさずにそのまま頷くと扉を閉め部屋に二人を残す。
「アヤカ。これから私はこの城を守るために使命を果たさなくてはならない」
「使命? どういうこと?」
「詳しいことを話している暇はない。ただコルセイを生きて元の世界に戻すためにこの城を守らなくてはならない。私にそのことを教えてくれた者がいる」
アヤカは次々に湧き上がる質問をなんとか抑える。オリビアは何か成し遂げようとしている。オリビアもこれから起こることを全て把握している訳ではない。事の成り行きをアヤカに見守って欲しいのだ。アヤカはオリビアの決意を受け取ることを決める。
「私は何をすればいいの?」
「これから起こることを見ていて欲しい。そして、コルセイに伝えて」
「それだけでいいの?」
オリビアは無言で頷くと赤く輝く台座に手を触れる。オリビアが赤い光に包まれアヤカの視界より消える。目の前には先ほどの台座。台座の光は徐々に色づいてゆく。
「コルセイを宜しく!」
誰もいない部屋にオリビアの声が響く。アヤカは頬を伝う汗を拭いながら前室の扉に手をかけた。




