第六章 第16話 ぬいぐるみのドラゴン
扉の先には台座が一つ。台座の上に書かれている文字は見たこのない文字である。
部屋の壁には正面、右、左にそれぞれレリーフが掛けられ、大きさは二メートルほどあり、緻密に刻まれた人物は今には動きそうな出来栄えだ。正面のレリーフには奴隷。右のレリーフには貴族。左のレリーフには農民が描かれている。
「私が部屋を出たらその台座の上の文字を指でなぞりなさい。神と対話ができるわ。終わったら扉から出てきて。部屋の鍵は開けとく」
そういうとリーフは台座に背を向けて扉の外に出て行く。オリビアは台座の周りを回り込むように歩き出すとそれぞれのレリーフを眺める。農民は麻袋から肥料を撒いているようで額には汗をかき今にも流れ落ちそうである。
正面の奴隷は地面に座り込み目は虚である。気力と尊厳を奪われいつ自分で命を絶ってもおかしくないといった様子だ。
最後の貴族は戦闘の指揮を取っており、目の前に迫る敵と命のやりとりをしている様子が伝わってくる。
(奴隷、農民、貴族。貴族だけならまだしも農民と奴隷のレリーフなど王族が好んで飾るはずがない。この神殿が城の敷地内にあるのは大きな違和感を感じる)
オリビアは台座に触らず、対話したと偽りここを出ることを考える。しかし、そんなことはリーフすぐにバレてしまうだろう。それがわかっているからこそオリビアを一人にしたのだ。
「やるしかない」
オリビアは意を決して台座の表面に触れる。台座からはすぐに赤い光が浮かび上がり、瞬く間にその光は強くなる。驚いたオリビアは台座から手を離そうとするが、その手を話すことはできない。手は台座の中へと引き込まれ、オリビアが抵抗をし始めた時にはもう手首まで台座の中に取り込まれていた。戸惑っているオリビアの手を何者かが内側から掴みオリビアは勢いよく台座の中へと吸い込まれていった。
※※※
(うっ。ここは?)
オリビアは両手をつき身体を起こす。腕、足、頭。とりあえず損壊はない。しかし、今まで着ていたローブなどは身に付けていない。オリビアは無地の白いワンピースを身に付けていた。気を失う前と同じ部屋。しかし台座とレリーフはなく調度品が置かれ殺風景な部屋とは打って変わって今は生活感を感じられる。
正面、左右にはソファが置かれ、それぞれに黒い影が座っている。表情などは分からず黒い人形が座っているように見える。そして一番目を引くのは部屋のど真ん中に陣取る巨大なドラゴン……のぬいぐるみである。
「ああっ! ここへは肉体だけしか入れない筈だろ! 何で服を着ているんだよ!」
「哀れですね。肉体を失ってなお煩悩に支配されている」
「まぁまぁ。年頃のお客様ですからノースが配慮したのでしょう」
三人の声はどれも同じでどの声がどの影から出ているか判断できない。オリビアもどうしていいか分からずに戸惑うがとりあえずここにいる全員に向かって話しかけてみた。
「ここは何処?」
「ここかい? さっき来ただろ? 神殿の最上階」
「そういう言い方は意地悪ですよ」
「まあでも嘘ではないね」
オリビアの一言で三人の影が一斉に話し始める。何とか聞き取れるものの何を言っているか判断するのは一苦労である。オリビアが眉根を下げ次の判断を迷っていると横たわっていたドラゴンのぬいぐるみが身体を起こす。ドラゴンはオリビアの正面に向かいあって腰を地面に置く。
「あ、な、た、は、こ、こ、の、世、界、の、住、人、で、は、な、い」
「どうりで俺たちの事をちゃんと見えていないわけだ」
「はじめてのパターンですね。この子は使徒になれるのかしら?」
「無理だろうね。でも、無関係というわけでは無さそうだ」
ドラゴンの辿々しい言葉の後に矢継ぎ早に話をしてくる三人。現実ではないのか? 夢? あるのかは分からないが精神世界とはこんな世界なのだろうか?
「当たり」
「厳密には違います」
「それにしても貴方は?」
「ホ、ワ、イ、ト、ド、ラ、ゴ、ン」
オリビアが何も答えずにいると、話はドンドン進んでいく。オリビアは何を尋ねるが良いのか頭を巡らしているとまたもや三人影が勝手に話を進める。
「役目がある」
「貴方にしかできない役目」
「でも貴方自身に選ぶことができる」
「ネ、ガ、イ、ハ、イ、チ、ド、ダ、ケ」
「使徒にもなれる」
「でも、ならなくても良い」
「何を守るかは自由」
使徒? ヒエルナの使徒? 私はそんな者にはなりたくない。私は自分の愛する人と愛する人の故郷に戻り、そこで一緒に暮らしたいだけ。願いなどはいらない。
「で、も、ふ、た、り、の、う、ち、君、が、選、ば、れ、る、と、は、限、ら、な、い」
それでも良い。それがコルセイの選んだ結果ならしょうがない。
「君が望んでも」
「使徒の使命は変わらない」
「運命は君の大切な人を殺すかもしれない」
「コルセイに手を出すものは私が許さない!」
「貴方の心意気。俺は好きだ」
「でも、それでどうにかなるとは限らない」
「私たちはここで。過去から君の本来いる場所を見守るよ」
ぬいぐるみが懐を弄るとぬいぐるみの手には十字の鉄槌。三人の影はその鉄槌をを見ると驚きの声を上げる。
「君が神に」
「神器を手にしたものは奇跡を起こせる」
「さあ、祝福の言葉を教えてもらうが良い」
オリビアが戸惑いつつドラゴンの腕から十字の鉄槌を受け取る。
「祝、福、の、言、葉、も、う、わ、か、っ、た、は、ず、だ」
オリビアは鉄槌を受け取ると刻まれた言葉を触って小さく頷く。
「「「幸運を!」」」
「幸、運、を」
光に包まれると部屋がオリビアの元より一気に遠のいていく。やがて意識が戻り再び目を覚ました時にはオリビアの手には十字の鉄槌が握られていた。




