第五章 第21話 別の個体
山から降りてきた二人は落胆しきっていた。特にアヤカの絶望感は半端ではないようでナンナに申し訳ないと謝りつつ食事も断っている。その後も何をする訳でなくふらふらと歩いていると、その後一人で何処かへ行ってしまう。
そんなアヤカを見てランドルフがアヤカの後を追うような素振りを見せる。しかし、何を考えたのかコルセイに様子を見てくるよう伝えると力いっぱい背中を押しだす。
コルセイは一瞬考えるような仕草を見せるがすぐにアヤカの後を追い始めた。
「そんな所にいたんだ」
アヤカは崖に足をぶら下げ、ブラブラと揺らしている。コルセイはこれ以上かける言葉が見つからない。とりあえずアヤカと同じように崖に足をぶら下げてすぐ横に腰を下ろす。
「……何があったの?」
「本当にホワイトドラゴンがいるか見に行って来ました。望遠鏡で最大望遠にしたところ私と目が合いました。私のことを虫けらとしか考えていないあの眼、恐ろしかったです。ちなみに私が話したドラゴンとは別の個体でした」
「やっぱりいたんだ」
ミドガーは適当で軽率で信用できない奴だ。でも、あの手紙の内容は本当に思えた。二人が確認しに行った時に嘘であって欲しいとは思ったがやはり現実は厳しかったようだ。
「あの個体と交渉したいのは山々ですがもう交渉の材料になるものがありません。勇者を連れてくるわけにいかにですしね」
自嘲気味にアヤカが笑うとすぐに口を閉じ、再び足をブラブラとさせ始める。
「なあ、アヤカ。なんでホワイトドラゴンは二匹いるんだろう? 俺はドラゴンの生態に詳しい訳じゃないけど。【色を持つドラゴン】っていうのは希少な生物なんだろう?」
「そうですね。なんで二匹いるんでしょうか? 私が遺跡の空洞で話したドラゴンは齢数千年。万物を支配し全てを知るものって感じでした」
「じゃあ、アヤカがさっき見たドラゴンはどうだった?」
「望遠鏡で覗いたドラゴンは……そうですねギラギラしていましたかね。でも、眼があっただけで攻撃的はしてきませんでした。もし攻撃されていたら私はここにいないでしょうしね」
コルセイは何か思い当たる事があるようだ。指で顎を抑え何かを思い出そうとしている。
「昔、ロザリアに流れ着いた時にガーランドが言っていたんだ。ドラゴンがいるあの山を越えてヒエルナには帰れないだろ? ってさ。でもさドラゴンっていうのはブリザーブドドラゴンのことを指していたんだ。山の頂上にホワイトドラゴンがいるっていう意味ではなかった。もしこの予想が正しければあのホワイトドラゴンは最近来たということになるんだよね」
「コルセイ。何が言いたいんですか?」
「あのホワイトドラゴンはつい最近ここに来て、地下の個体とは別って事だよね?」
コルセイは何かを分かっているようだが結論を言わない。アヤカは自然と声が大きくなっていく。
「だから何が言いたいんですか!」
「いや、怒んないでよ。だからあのドラゴンには勇者や財宝を出さなくても交渉できるんじゃない? 別の個体なら好みも趣味も違うと思うんだけど」
アヤカは目を目一杯開けると両手で頭を抑える。確かに。なんで自分はそんな凝り固まった考えを持ってしまったのか? アヤカは自分とコルセイの視点の違いに思わず笑いが込み上げてくる。
「ちょ、ちょっと今度はなんで笑ってるの? アヤカ大丈夫?」
アヤカはコルセイに感謝の意味を込めて二度三度と背中を大きく叩く。
「ありがとうコルセイ。あなたのおかげで道が開けるかもしれないわ!」
「あっ! ちょっ!」
アヤカの三度目の感謝の張り手が当たるとコルセイは勢い余って崖から腰を落とし滑り落ちそうになる。
「あっ! コルセイ!」
アヤカは手を出してコルセイを何とか捕まえると後ろに倒れ込むようにコルセイを持ち上げる。コルセイはアヤカに覆い被さるような形となり、我に返ったコルセイがアヤカから離れようとするがアヤカはコルセイの腰に回して手を離そうとしない。
「ア、アヤカ?」
「もう少しだけ。……今は動けないの」
アヤカの体温が伝わってくる。咄嗟の行動に力を入れすぎたのだろうか? 心臓が早鐘を打っている。コルセイも自然と体温が上がり緊張からか身体を動かせない。アヤカの力強く抱きしめる腕が離されるまでの数分。二人は崖の上で静かに抱きあっていた。




