第五章 第15話 崖の下の二人
崖が崩れ空中へと投げ出される紫紺の牙の面々。しかし、落ちていく四人を精霊使いのミーティが精霊の風で落下より救い上げる。風は緩やかに崖下へと四人を運び、難なく危機を脱出する。
「ミーティ、ガス助かった!」
「いえ、私は風で拾っただけ。ガスが機転を効かせてくれなければ本当にやばかったわ」
「情報収集能力はあちらの方が上だね。いつ気付かれたかまるで分からなかったよ。なんとか逃げられたのは良かったけど残念ながら俺はもう戦えない。さっきので自分の力使い果たしちゃったよ」
「申し訳ないけど私も今日は精霊を使えない。短い時間で大技二つも使っちゃったからね。魔力がすっからかんよ」
ミーティとガスは地面に座り込みお手上げのポーズである。そんな中、盗賊のロスだけは少し離れた沢を凝視していた。
「どうした追っ手か?」
「たぶん誰か落ちた。沢の辺りに落ちたのを確認した」
「おっマジか! よしっ。俺とロスで行ってくる。お前らは敵に見つからないように休んでいろ」
ミーティとガスの返事を待つことなくドラックとロスは斜面を駆け降りて行く。ガスは一言何かを伝えようとしていたが二人はあっという間に視界から姿を消していた。
※※※
相手のドワーフが技を使った際に、オリビアは不覚にも前に出過ぎてしまっていた。地面が崩れ落ち、両手でメイスを持っていた為、何かに掴まることもできない。何の抵抗もできないまま、オリビアはコルセイと共に谷底に向かって真っ直ぐに吸い込まれる。
「しまった!」
オリビアにしては珍しいミスである。普段はこのようなミスはしないのだが、ここ数日自分の気持ちを押し殺して生活していたのが影響していたのかもしれない。オリビアと共にゴブリン数匹も同じく谷底へ落ちている。そんなゴブリンの隙間からオリビアに向かい手を伸ばす者が見える。
「コルセイ!」
コルセイは自分の腕を目一杯伸ばすとオリビアの腕を掴みとり、そのままオリビアを抱きしめると自分の背中を地面に向けて一直線に落ちる。
ドウッ!
オリビアとコルセイは激しい衝撃が走る。しかし、地面に叩きつけられたにしては衝撃が少ない。オリビアが恐る恐る顔を上げると大きな怪我はなく体を起こす事ができた。
「これは?」
オリビアは続いてコルセイに視線を移す。意識こそないもののコルセイもあの高さから打ち付けられたにも関わらず大した怪我なはい。コルセイの下には四匹のゴブリン。どうやらゴブリンでコルセイとオリビアの落下を受け止めたようだ。オリビアがコルセイを回復するとコルセイの意識が戻る。
「うっ。生きてる」
ゆっくり目を開けるコルセイにオリビアは体の上へと覆い被さる。
「コルセイ! 死んだらどうするの!」
オリビアはコルセイの胸の上ですすり泣く。コルセイの無事を確かめたことで感情の堰が切られたようだ。安心や恐れ、怒りに感謝。次から次へと変わる感情にオリビアの涙はなかなか止まらない。そんなオリビアの頭をコルセイがゆっくりと撫でる。
「オリビアが無事で良かったよ。俺もそれしか考えて無かった」
「ううん。私こそごめん。コルセイのおかげで命が助かった」
オリビアは顔を上げると辺りを見回す。自分のすぐ下にはコルセイ。周りには四匹のゴブリン。しかしゴブリンは落ちた衝撃とコルセイを無理やり受け止めたせいでかなり激しい損傷である。しかも術が解けたのかコルセイの片足がなくなっているのも確認できる。
「オリビア。とりあえず身を隠そう。敵が来るかもしれない」
「分かった」
オリビアはコルセイに肩を貸すと隠れそうな場所を二人で探す。幸い沢の近くは隠れられそうな所が多そうだ。二人は茂みを書き分け奥へと進んで行った。




