第五章 第12話 追撃開始
マドリアスの背後に回り何やら囁き続けたハンスであったがしばらくすると下卑た笑いと共に覗き見た感想を声に出し始める。
「ギッヒッヒッヒ。これはスッカスカですね。今ならなんでも見放題です。マドリアスさんーーいや、まさか、まさか姉御の! そんな趣味がーー」
ナースミルは小さく舌打ちをすると部下の剣を取り上げハンスの足元に投げつける。剣はハンスの目の前十数センチの場所に突き刺さるとハンスは後ろへと大きく仰反る。
その様子を見て、ドラックは大きく目を見開き満足げな表情を浮かべる。
(いい腕してるじゃねえか)
「死にたいのか? 何があったかさっさと調べろ」
「は、はいぃぃ」
ハンスはマドリアスの背後に再び立つと目を閉じマドリアスに触れるか触れないかという所に手を添える。数分経つとハンスに今までにない感情が湧き上がり憤怒の表情を浮かべる。
「こ、こ、コルセイ!」
鼻息荒く興奮し始めたハンスの頭をナースミルが引っ叩く。
「おい、落ち着け何があった」
「コ、コルセイです。マドリアスの旦那はコルセイにやられました。仲間にでかいコボルト。あ、あの野郎。笑いながら旦那の口に漏斗をぶっ刺してやがる!」
「……ナースミル。あいつの言ってることは本当なのか?」
「ああ。条件付きで人を操ったり言うことを聞かせる事ができるらしい。強靭な精神力を持つ者や知能の低い者には効かないと言っていたかな」
「なるほどな。あの魔族のおっさんは心神喪失で、あのきもい兄ちゃんに覗かれ放題というわけか」
ハンスはコルセイの顔を再び目にした事により元々弱かった精神がさらに壊れ始めている。ナースミルが再び頭を殴ると何とかハンスを落ち着かせる。
「ドラック。追加の依頼だ。金は今回の報酬の三倍。コルセイを追い、捕らえてこい。無理なら殺しても構わん。クソッ。よく考えれば違和感だらけだった。もっと早くに気付けたのに迂闊だった」
「三倍か。悪くないな。コボルトは俺が殺ってもいいんだな」
「ああ。コルセイとオリビア、アヤカとランドルフ。四人の人間は出来るだけ生かせ。残りの者は殺して構わん」
ドラックが残りのメンバーを見ると皆快諾の様子だ。この依頼を渋っていたミーティも今回は機嫌が良さそうである。
「あいつらは恐らく山を登っている。今から追えばまだ間に合うかもしれん。急げよ!」
「ああ。金を用意して待っててくれ。馬を四頭借りてくぜ!」
ナースミルの部下から馬を受け取ると四人は一斉に山道を駆け上がった。
※※※
馬で山道をかけ上がる四人。忍び装束を身につけた盗賊のロスは後方より戦闘を走るドラックの横に馬をつける。
「ドラック話がある」
「ロス! お前が話しかけくるなんて珍しいな」
「……コルセイは二人の女を連れて歩いている。そのどちらかを私が貰いたい」
「何だぁ。久しぶりに声を掛けてきたと思えばまたその話か。前に捕まえた奴隷の可愛こちゃんはどうした?」
「…………」
どうやら都合が悪くなると声が出ない仕様のようだ。ドラックは呆れ顔を浮かべる。
「いいだろう。ナースミルには逃げられたと言っておくか。その代わり仕事はしっかりこなせよ」
「御意」
嬉しそうに後方へと下がるロス。そんなロスを見てミーティが呆れた声を出す。
「人の趣味にとやかくいう気はないけど悪趣味なのもほどほどしなさいよ。それに今回のターゲットはあの死神。自分の欲に目が眩んで殺られないように気をつけなさい」
ミーティの死神発言を受け、皆それぞれ考え込む。どうやらコルセイの存在は皆知っているようだ。そんな中ドワーフのガスが口を開く。
「黒狼の死神。殺した兵の数は数千人。これだけを聞けば戦場の笑い話で済む。しかし、知り合いは黒狼騎士団との戦闘の際、獣のように兵を振り回しているコルセイを見たと言ってた。目が逝っててとても人間に見えなかったとも言っていたな」
「そんな話なら俺だって聞いたぜ。コルセイはデカイスケルトンを連れてるそうだ。黒い鎧を身につけ、紅い刀をもつ。凄まじい剣撃による返り血で鎧からは常に血が滴り落ちてるという。しかもスケルトンは生者の生気を吸うとか……」
「なにそれ。私そんなのと戦いたくないわ。ほら、精霊も怯え始めた」
そんなミーティの弱音を耳にしてガスが声を掛ける。
「どこまでが本当の話かはわからないけどね。よし、それじゃあ俺がコルセイと戦うよ」
「んじゃ。俺がコボルト。ロスは女二人か」
ロスは無言のまま肯定する。
「じゃあ私は残りという事で」
戦いの相手が決められたところで目の前に乗り捨てられた馬車を見つける。四人は馬を降りると馬車の荷台や近辺を調べ始める。
「ここに来て半日というところか。進む速度は遅めだ、明日には追いつけるな」




