第五章 第2話 逃亡者ハンス
ロザリア王国外れ 黒狼騎士団拠点
ロザリアでは魔物の繁殖期に突入し、騎士団になったばかりの元黒狼傭兵団には住民、下級貴族からひっきりなしに討伐の依頼が舞い込んでいる。
団の者は新座者の宿命と受け入れ、国内を飛び回っているが、覚悟でどうにかなるレベルはとうに超えている。
「ガーランド、ガーランド騎士団長はいますか!」
息を切らし屋敷に駆け込んできたのは人の良さそうな顔をしたシモンズ。何を考えてるか分からないコルセイの元部下である。
シモンズは屋敷の応接間、ガーランドの執務室などに顔を出すが、目当てのガーランドを見つけることはできない。そんな中、廊下を歩いている部下を見つけるとシモンズは鬼気迫った表情でガーランドの行方を尋ねる。
「騎士団長はどこにいらっしゃいますか?」
「こ、これはシモンズ中隊長。ガーランド騎士団長なら昨日現れた魔物の群を退治にダレス中隊長と共に討伐に向かっております」
「討伐? 予定では屋敷にいるはずでは?」
「突如サリウス様より命令がありました。現在はビーマス近くの平原に向かっております」
シモンズは腕組みをすると眉に皺を寄せ考え込む。しばらく考えたが結論が出ない。シモンズは報告をする為、直接ガーランドの元へ駆けつけることにする。
「君。もし私と入れ違いでガーランド騎士団長が戻られたら捕虜のハンスが逃げたと伝えてくれないか?」
「はい。で、ハンスとは?」
「捕虜だよ。かつて私と小隊長。失礼、コルセイさんと私で捕まえた捕虜が逃げたんだ!」
※※※
ナスウェル街道
灰髪に灰色の目、痩せ細った体にボロを纏った見窄らしい姿。青年に差し掛かろうとている年齢でろうか? 貧相な体の為、見た目からは判断がしづらい。黒狼騎士団を抜け出したハンスはある目的の為にナスウェルへと向かっていた。
(あいつだ。あいつが悪い。俺がボロを着てるのも捕虜にされていたのもあいつが悪いせいなんだ。たしかに俺の母親はくそだった。口では大事、大事と言いながら俺の能力だけが目当てだった。貴族崩れに入れ上げ、最後には俺と死のうとしやがった。でも一番許せないのはあいつだ。くそであろうと何であろうと俺の唯一の支えの母親を奪ったあいつ。あいつだけは許さない。あいつの何もかも壊してやる。そうだ、俺の人生はあいつを殺したその時に始まるのだ)
ハンスは街道の真ん中で座り込むとこちらに向けて歩いてくる商人の足にしがみつく。
「はぁはぁはぁ。そこの人どうか水を恵んでください。どうか一口」
「汚ねえなぁ。俺に纏わりつくつくんじゃない!」
商人はブーツを履いた足を上げると纏わりつくハンスの顔面を二度、三度と踏みつける。ハンスの脳裏には白い稲妻が走り、激しい痛みと共に口の中が激しく切れる。
ハンスはゆっくりと距離をあけると顔を上げる。
「フフフッ。商人さん蹴りましたね。今、俺を蹴りましたよね。何で蹴ったんですか? 俺なんて蹴っても問題ないと思ったんじゃないですか?」
「な、何だ気持ち悪い。当たり前のことを言うんじゃない!」
商人が再び足でハンスを蹴り上げようとする。しかしハンスは顔を上げ商人の顔を真っ直ぐに見つめるとあらん限りの声で商人を怒鳴りつける。
「膝まずけ!」
ハンスが声を荒げると突然の大声に商人は体を震わせる。商人は見窄らしい男の声に怯んでしまった自分に怒りを感じ、腹いせにもう一度蹴り飛ばそうとする。
しかし、何故か体がいうことを聞かない。それどころかゆっくりとゆっくりと膝を地面につけてしまう。
「今度は手を下につけ」
商人は不服そうな顔を浮かべるがハンスの目を見ると抵抗出来なくなり、そのまま手をつき動けなくなる。ハンスは商人が持っていた水筒を奪い取ると水で口を漱ぎ、そのまま水を一気に飲み干す。
「街まで一緒に来てくださいね。商人さん」
青年が商人に微笑むと商人も自分の意思に反し微笑み返してしまう。商人は勝手に動く手足に恐怖を覚えながら強制的に青年の後に続く。
「ねぇ商人さん。人を蔑む行為は最低だと思いませんか? 俺は最低だと思いますよ。商人さんは俺を蔑んだ。蔑むなら俺は利用させて貰いますよ」




