第五章 第1話 オリビアとアヤカ
ナスウェル宿屋
「アヤカ……少し話せる?」
「……うん」
アヤカが扉を出ようとしたところをオリビアに引き止められる。ランドルフは山越の準備のため部屋にはおらず、部屋にはコルセイパーティの女性陣だけが残っている。オリビアは椅子に座り、アヤカは不安からか両腕を抱え椅子には座らずに立っている。
「単刀直入に聞く。アヤカはコルセイの事をどう思っているの?」
「――!」
いつかは聞かれると思っていた。コルセイにオリビアというパートナーがいるのは分かっていた。しかし、日に日に自分の中で大きくなっていくコルセイにアヤカは戸惑いを感じていた。アヤカがコルセイをどのように考えていて、どうしたいのか? オリビアは考えがまとまるのを待ってくれるようだ。しばらくの間部屋の中は沈黙で満たされる。
「私は……私は自分の気持ちに戸惑っている。初めてヒエルナで会った時はなんとも思わなかった。いや、むしろ疎ましいとさえ思っていた。鈍臭く、何故、カルディナ様が目をかけるのか分からなかった。でも、うつろいの森を旅をして一緒に時間を過ごし、成長していくコルセイを見て、少しずつだけど愛着も湧いてきた。コルセイが離宮の地下道で地下水脈へ流されたのが分かった時は随分泣いたわ。でも、その感情は仲間を失ったというもの。それ以上の感情はなかった――」
昔話を交え自分の感情を整理するアヤカ。オリビアは自分の知らないコルセイを知っているアヤカに対し少しだけ嫉妬する。
「久しぶりにこの街でコルセイと出会った。最初はコルセイだと気付かなかった。成長したコルセイは大人びていて、戦闘能力も高く、頼りにもなった。私が教えた事を自分なりに昇華していて、私は自分と趣味が合う異性が現れてしまったと錯覚してしまった」
「……」
「故意ではないとはいえ、コルセイにアプローチをしてしまったことはオリビアには申し訳ないと思っている。でも、コルセイも軽薄な態度はとらなかった。だから私とは何もない。安心して欲しい」
「大丈夫。心配していない」
オリビアは態度とは裏腹に《何もなかった》という言葉に安心した気持ちが垣間見える。オリビアもまたコルセイの事を深く想っているのだろう。
「でも、これからのことは安心して。私はこれ以上何もしない。私にとってコルセイはただの仲間でしかない。ただの大事な仲間――」
「……」
部屋に再び沈黙に支配される。しかも気まずさに重苦しい雰囲気まで追加されている。
「それはダメ。思いを伝えなくてはいけない。これからの長い人生でその想いに蓋をするのは良くない」
「でも、」
「勘違いしないで欲しい、私がコルセイを諦める訳ではない。フェアじゃないと考えてるだけ。しばらくは同じ立場になる。その状況で私はコルセイに選んでもらいたい!」
「もしも、それで私を選んでしまったらどうするの?」
「……それはしょうがない。でも、コルセイと紡いできた時間は簡単に覆らないとは思っている」
アヤカが同じ立場だったらオリビアと同じ決断ができるだろうか? 難しいだろう。魅力的な女性が近づくのを見過ごす訳がない。しかし、オリビアは自分に自信があるからこそこのような決断ができるのだろう。アヤカは改めてオリビアの心の強さに感服する。
「本当にいいの? 私、貴方のことも好きだけど。こんなこと言われたら本気になっちゃうかもよ?」
「本気になって。傭兵は決闘をして条件を勝ち取る」
「……分かった」
「でも、ルールは決める。泥試合は醜い」
「オリビアが譲歩してくれた条件よ。私は従うわ!」
「じゃあ――」
部屋は一転して作戦会議のような雰囲気となる。アヤカとオリビアは時に激しく、時に笑いながら時間を過ぎしていった。
※※※
時は遡る
ランドルフは資材の買い出しに向かっている途中、肝心の資材購入の資金を忘れ、宿の部屋へと戻ってきていた。扉を開けようとするランドルフに気になる言葉が聞こえてくる。
「オリビア本当にいいの? 私、貴方のことも好きだけど。こんなこと言われたら本気になっちゃうかもよ?」
「!」
(ど、どういうこと!?)
心ではいけないと分かっていたが聞き耳を立てずにはいられない。どうやらコルセイを巡り女二人が争っているようだ。ランドルフは聞かなかったことにして、その場を立ち去ろうかとも考えたが万が一血生臭いことになってはいけない。いざという時は介入する心構えをして扉に聞き耳を立てた。
(…………どうやら大丈夫のようね。まさかアヤカも本気だったとは。人の心は分からないものね)
二人の話し合いが、コルセイをどちらが射止めるか? というルール作りに変わったところでランドルフは扉から耳を離しその場を離れていった。
「コルセイちゃんも罪な男になったわ」




