第四章 第64話 青年の願い
扉の中へ入ると以前見た二十一階と同じ景色である。しかし、砂埃や藤壺などは一つもない。台座にある石板も機能しているように見える。青年は中央の台座に腰をかけるとガイブに顔を向ける。
「ガイブ、今から数百年振りに入口を元に戻すよ。でも、入口を戻すことによって問題が発生する。その問題の君の答えを聞いてから作業に入りたいのだが良いかな?」
「問題などない。さっさと作業に入れ」
「まぁ聞きなよ。かつて入口部分を消失させた理由は知ってるだろ? 今は勇者はいない。けれども冒険者って奴等はまだいるんだ。しかも、そいつらはかつての冒険者とは違い洗練されギルドという組織に所属する連中だ。かつての自由を愛した馬鹿なならず者とは違う。そんな彼らが新しいダンジョンができたらどすると思う?」
なるほど、そういうことか。自分がダンジョンから脱出するのに必死で頭が回っていなかった。確かに冒険者はこのダンジョンに押し寄せるだろう。そして入口付近を陣取るコボルトとまた戦いが起こる。ゴブリンとの戦争、あるいはそれ以上の被害が出る可能性がある。
(このままではコボルトの恩を仇で返すことになりかねない)
コルセイがガイブにダンジョンの入口を開けないよう訴えようとするとガイブが青年に対し先に口を開く。
「だからどうなんだ。俺に何か言おうとしているんだろう。さっさと言え」
ガイブはさらにその先を感じ取っているようである。青年が何を言おうとしているのか引き出そうとする。
「せっかちだな。君らの命運は俺が握っていると言ったろ」
死神と呼ばれた男が睨みつけようがコボルト族最強の男が敵意を向けようがあくまで青年の余裕は変わらない。自分のペースを崩さずに話を進めてくる。
「俺がコボルト族を救ってやるよ」
「――ッ」
何か嫌な予感はしていた。恐らくこの後に続く言葉は……。
「ガイブ。お前はここに残れ」
「「……」」
悪い予測は見事に当たってしまう。恐らく途中からガイブもこのような結果になるのではないかと考えていたのだろう。青年は悪趣味なアブミとガイブの戦いが始まった時からずっとこのような結果を望んでいたのだ。アブミを超える最強の番人が欲しい。それが青年の願いだったのだ。
「即答できないならここでしばらく考えれば良い。時間はたっぷりある」
青年は嫌らしい笑を浮かべるとコルセイとガイブを眺め始めた。
※※※
二人で話合いをしたが、結局結論は出なかった。ガイブはここに残ることが良いと信じて疑わない。もちろん、ガイブがここに残るのは論外であるし、コボルト族を危険には晒せない。誰かが命を失わずに済む選択はコルセイが脱出を諦める以外にない。
青年の考えとしてはその結末が一番退屈である。この後もあーだこーだとガイブがここに残るように言ってくるは間違いない。今はルセインの格好をしているが根本の考え方はやはりダンジョンを守りたいという石下僕の部分が強いのだ。
「ダンジョンを守りたい……」
コルセイにある考えが浮かぶ。考え方が正しければ誰も死なずに誰も不幸にはならない。強いて言うならば少し後味が悪いくらいだろうか。もし失敗しても……特に害はない。試してみる価値はありそうだ。
「ガイブ。俺とお前の付き合いは年月でいえば対した事はない。でも、俺は地上に残してきた仲間と同じくらいお前のことを信頼している。できれがお前に死んで欲しくない。この先あのクソ野郎と話をするが、俺を信じて最後まで黙って話を聞いてくれるか?」
「俺は……」
「ガイブ信用してほしい!」
「…………分かった」
ガイブは腰を上げ青年に向き合うと青年も台座に座る姿勢を崩すことなくコルセイを真っ直ぐにみる。
「今から交渉するにあたり幾つか質問したい。いいか? 答えによってはお前にも悪い話ではないはずだ」
「ふぅん。ガイブが残る以外に何かいい案があるの?」
「ある。まずは質問させてくれ。お前がガイブに感じる魅力はなんだ?」
「魅力? 幾つかあるけど大きくは二点。まずは自分の意思でここに残ることだ。ルセインも石下僕の俺も望んでここに残った結果、再構築された身体に他の者にはない強い自我が宿った、それは譲れない。もう一つは単純に強さだ。自分の意思でここに残る選択肢を取りながら強い奴はなかなか出会えない」
「なるほど。強い奴で自分の意志でここに残る選択を取れるものがお前の欲するものなんだな」
「……そうだ」
「もう一つ質問がある。ガイブの親父さんは死んだ後に再構築されたと考えて間違い無いんだな?」
「間違いない。ありえない話だがアブミが二十二階に希望して再構築されていれば君たちはここにいない」
コルセイは青年の言葉を一通り聞くと改めて考えを巡らす。やはり自分の考えが一番穏便に済みそうだ。青年に対する言葉を選びながらゆっくりと言葉を紡ぐ。
「自分の意志でここに残り、且つ力のある者。もう一人ここにいるじゃないか。俺だ! 俺が残りダンジョンの番人になる」




