第四章 第61話 二十一階
洞窟の中はぼんやりと明るい。松明やランプがなければ視界は確保できないが、大瀑布を下降してきた時の暗闇を考えればかなりの明るさと言える。
「洞窟蛍か。このダンジョンに入ってすぐもいたな」
小動物や魔物は見かけないものの、甲虫や船虫のようなものもよく見かける。まるで海辺にいるようだ。時折、天井より落ちてくる水滴にドキリとしながら足場の悪い洞窟を進む。
「これだ」
無機質な巨大な扉。だが、これといって大きな特徴はない。しかも扉の片側は半開きのままになっており長い年月が経ち藤壺のような物まで付いている。
「どういうことだ?」
ガイブは不思議そうな顔をすると扉の中にズケズケと入って行く。
「ちょ、ちょっと待て」
中にはルセインが語っていたような台座があり、その上には石板が置かれている。しかし、こちらも年月と共に風化あるいは経年劣化なのかは分からないが明らかに機能していないように見える。
「そんなはずはない! ここに何かがあるはずだ!」
コルセイは不安を紛らわすために大声を出し部屋の中をやたらめたらに探す。ガイブもそんなコルセイに動揺を覚えつつ台座や扉などをくまなく探す。
「そ、そんな。何もないだって」
コルセイは腰を落とすと絶望から自然と目頭が熱くなる。地上には戻れない。いや、コボルトの棲家まで戻るのさえ難しいだろう。この先に待っているのは絶望しかない。いよいよコルセイの目から涙が流れるというところで先日、騎士が襲ってきた際に響いた声が聞こえてくる。
「お……待って……あん……気…………」
声は途切れ途切れでよく聞き取る事ができない。その後にも何かを言っているがコルセイには何も聞き取れない。コルセイが助けを求めてガイブをみるとガイブは口に人差し指を立て静かにと合図を送ってくる。
ガイブは耳を立て続け、声に集中するとコルセイを見る。
「お前が……待っていたぞ。……あんてん……する……気をつけろ?」
「えっ?」
ガイブの発言を理解できずに思わずお互いに顔を見合わせる。コルセイが口を開こうとした瞬間、部屋が暗転し全ての五感が失われる。ガイブを始め、全てが見えず、聞こえず、嗅覚も触覚も感じない。自分が夢でも見ているのではないかと錯覚するが、はっきりと起きている認識はある。
やがて自分が立っているのか座っているのか分からなくなったコルセイを凄まじい不安が襲う。
(俺は……死んだのか?)
※※※
気づくとそこは乾いた砂の上であった。コルセイは涙を流しながら横たわっており身体を起こすとすぐ横にガイブが立ちながら手と顔を上げ呆けている。
「ガイブ!」
「おっ! コルセイか?」
「ガイブ大丈夫か?」
「たぶんな」
改めて身体を確認してみるが特に身体に異常はないようだ。後方をみるとリュケスにブラッスリー、ゴブに二号とここまで運んできた荷物。全て揃っているようだ。
コルセイの周りは全て砂に覆われている。しかし、砂漠のように風や熱にはさらされていない。何もない巨大な空間に乾いた砂を詰め込んだ。そんなに印象を受けた。
しかし、一つだけはっきりとしたものがある。二人の目の前には巨大な扉が鎮座していたのだ。
「また扉か。行くしかないよな」
コルセイは荷物をまとめるとガイブと共に巨大な扉の前に立つ。規則性のある配置で紋様のある鋲が打たれその合間には騎士が描かれている。全体を見渡すと一つ一つが物語になっており、上から下へと一つの物語の流れがあるように見える。
ガイブは描かれている絵には興味はなく、ポリポリと壁画を削り匂いを嗅いでいる。コルセイが削られた痕をよくみると二重三重に色がのせられており、手間と時間がかけられ作られた扉だと判断できる。
「王様でも出てきそうだな」
「よく来た!」
コルセイが軽口を叩いた直後に声が唐突に響く。コルセイは冷静に警戒し、ガイブは耳を立て声の主を探す。先程二十一階で聞いた声と同一人物のようである。
「警戒をしなくて良い。こちらに来い」
片側の扉が少しだけ動く。どうやらこちらから入って来いという事らしい。正直この先に進むのは気が引けた。しかし、行かない訳にはいかない。ガイブをみるとコルセイと同じ気持ちのようだ。二人はいつでも武器を手に取れるよう警戒しながら扉の先へと向かった。




