第四章 第57話 川下り
十七階
降りてすぐは大きな空洞。ダンジョンは水路となっており、格子の奥からはふんだんに水が湧き出し勢いよく水を注いでいる。
幸い、幅はかなり広く、船のパーツをバラして持ってきたおかげで無駄な往復をしなくても船を組み立てられている。
「ガイブ。ナンナとどんな約束をしたんだ?」
「……お前に言いづらい」
「?」
「とりあえず、この間発言した《俺はコボルトを守る戦士だ》という言葉、取り消させてくれ」
「あ、ああ。分かった」
「ウム。残りはおいおい話す」
予め手順を学んでいたためスムーズに舟は出来上がる。帆を立たたみ、簡易的に開く落下傘を設置すると、入口に結ばれている巻き結びをナイフで切る。船は湧水の勢いに乗ってゆっくりと動き出す。
「よし。浸水もないな。後は身を任せるばかりだな」
水路の先には半円状に開く暗闇。その先は密林につながる急流へとつながっている。
ちなみに、水路の突き当たりにある通路をまっすぐに半日ほど歩くと正規のルートがあるらしい。
「ルセインがいなければこの先を舟で進むという選択肢はなかっただろうな」
二号が松明をつけ光源を保っているが、船の進む先に光は見えない。ルセインが予め俯瞰でルートを把握してるからこそ行ける航路であり、この選択肢を選べたことはラッキーだったとも言える。
「ガイブ。この先はしばらく暗闇が続く、休みながら交代して灯りを消さないよう気をつけよう」
「分かった」
コルセイに促されガイブが船に横たわる。微妙に揺れる舟の上で眠れるのかな? などと考えていたがしばらくするとガイブのいびきが暗闇の中に響き渡る。
(このダンジョンに潜ってまだ一月も経っていないのか)
訳も分からずダンジョンに放り込まれ、久方ぶりにゴブと出会い。コボルトの住処に迷い込み裸で捕らえられ、コボルトと共闘しゴブリンと戦う。
ブリザーブドドラゴンが百足の幼生に食べ尽くされた場面を思い出すと未だに胸が痛む。ナンナと出会い、ダンジョンではデュラハンとも出会った。出会った……?
(いや、導かれたが正しい。俺は本によってあの棺と出会あった。……違和感を覚える。そもそもルセインは何でデュラハンと俺を引き合わせた? いくらダンジョン内のプライバシーが筒抜けとはいえ、俺の全てを把握できるものなのか?)
コルセイの脳裏にミドガーのにやけ顔が頭に浮かぶ。
(やられた! このダンジョンには一体何人の狸ジジイがいるんだ!)
※※※
暗闇を抜け数日。密林の中の急流を順調に進んでいる。密林の中にはダンジョントレントやオーガなどがいるらしいがアヤカ特製の香を使う事により魔物がコルセイ達を襲うことはない。しかしこの香には大きな副作用がある。コボルトのガイブにも効果が出てしまうのだ。
「ウゥオェ。もう何も出ないぞ。まだか、まだ舟は大瀑布にはつかないのか?」
ガイブの顔からは汗が下垂れ落ちておち、僅かなながら呼吸も早くなってきている。流石に限界であると判断しコルセイは香の火を消す。
「や、やめろ。敵が来るぞ」
「このままでは大瀑布に着く前にお前が死んでしまう。臭いを止めたからといって必ず襲われるというものでもない」
舟は風を切り急流を下り続ける。香を止めてしばらく経つが今のところ魔物に襲われることはない。ガイブが鼻をひくつかせると間も無くして身体を起こす。
「助かった。もう一度香を焚いても構わないぞ」
「いや、やめておこう。また倒れられても困るしな」
コルセイが小さく笑う。ガイブも困り顔を浮かべていたがなにかに気付いたようで一瞬で真顔に戻る。
「何かこっちに来る!」
人間の頭程の石がコルセイの鼻先を通り過ぎる。
「敵だ」
急流を下る舟は足場が悪い。何とか足に力を込めるとコルセイとガイブは臨戦態勢に入る。密林から出てきたのは全身紫色に染まった恵体。手にはその辺で拾った石や倒木などを持ち、投擲に次ぐ投擲で恵体はコルセイやガイブを狙う。
「聞いていたオーガだな」
コルセイは腰についている魔連弩を構え、密林を抜けこちらに走るオーガに向かって矢の標準を合わせた。




