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第四章 第30話 ガイブの部屋

 

 十日後


 痛みがひき、体を動かす事に支障がなくなる。鱗のような皮膚も元に戻ったが、何故か目の周りの隈だけはより一層濃くなった。


 体の回復に時間はかかったが、有り余る暇を無駄にせず、魔力制御使役、意識同調使役に磨きをかけ今日の午後に訓練の集大成を試すつもりだ。


 久方ぶりに行動を開始する。今日のコルセイは少し足取りが軽い。


 (ガイブと明日の打ち合わせをしとかなくては)


 明日はいよいよ出発である。しかし、相棒となるガイブが見当たらない。辺りを見回していると小走りに急ぐギブを見つける。


「あ、ギブ。ガイブ知らない?」


「コルセイさん。体調は……戻ったようですね。安心しました。ガイブなら自室にいませんか? 一階層下の貯蔵庫の前に立つ兵士に聞けば部屋を教えてくれるはずです。今頃……」


 今の微妙な間はなんだったのだろうか? 詳しく聞きたかったが忙しそうなギブを引き止めるのは気が引けた。コルセイはガイブの部屋に向かいながら治療中に聞いたギョウブの言葉を思い出す。


 戦闘後にゴブリン勢力はあっという間に下層へ逃げ込んだらしい。大した抵抗もなく、食料と仲間を連れいなくなっていた。生活の跡がそのまま残りゴブリン達がどのように暮らしていたかがよくわかるとギョウブは言っていた。


 改めて考えるとゴブリンがあのような大きなコミュニティを築く事は珍いのだ。あの百足を使役していたゴブリンのカリスマ性を窺える。


「さて、この辺に貯蔵庫があった気が……。あ、兵士さん。えっとなんだっけ。ギャウ、ガ、ガイブ」


 ベッドから動けない間、コボルト族の言葉をギブより教えてもらった。発音が難しく実際に使えるかはかなり不安であったが習ってみるものである。拙いながらも兵士にガイブの部屋を訪ねる事ができた。部屋は通路奥の角部屋にあるようだ。部屋の前まで歩くと中からは何やら声が聞こえる。先客がいるようだ。


 ※※※


 時は少し巻き戻る


「これで良いですか? これで宜しいですか? コレデイイカ?」


 同じような言い回し。何故同じ意味の言葉が幾つもあるのだろうか? ガイブは言葉を反復しながら人族の言語に煩わしさを感じていた。今回の探索でコミュケーションを綿密に取る必要が出てくる為、コルセイの体調が戻るまではギブによる人族語のレッスンが続いていたのだ。


「ハァ」


 深いため息をつく。ガイブの悩みはもう一つある。それがこの先の自室に待ち構えている。ガイブはゆっくりと部屋のドアを開ける。


「おかえり! お兄ちゃん」


 赤毛の癖っ毛に小柄な体格。褐色の肌にはっきりとした目鼻立ち。そして頭についた垂れ下がった耳。少女の全てに愛嬌が溢れている。少女は部屋に入ってくるとガイブを見ると腰のあたりを目掛け思いっきり飛び込んだ。


 オッグ


 勢いの良いタックルに間抜けな声が漏れる。


「ナンナ。もう少し優しく抱きついてくれ。お前の力も笑えない力になってきた」


「だってー。一人で寂しかったんだもん。それより今日は私に《悪魔》と会わせてくれる約束でしょ? 連れてきてくれた?」


「悪魔? どこでそんな言葉聞いたんだ。あいつにはコルセイという名前がある。そんな風に呼ぶんじゃない」


 ナンナと呼ばれた少女は口を膨らませると不満そうに顔を逸らす。


「だって隣のガーブが《見た瞬間に魂を抜かれた》とか《近づくだけでゾンビになる》とか教えてくれたもん。それに会わせてくれるって約束してからだいぶ時間が経ってる。お兄ちゃんが約束を守らないのがいけない」


 狭いコミュニティである。外から人族が来たという話は瞬く間に広がり、その人族は自分の兄と深く関わりがあるという話もすぐさまナンナの耳に入ってきた。


 ガイブはゴブリンとの戦争も近く、ナンナが戦争に巻き込まれないようコルセイの話に触れないようにしてきた。しかし戦争がひと段落しついに断れなくなったガイブはナンナとコルセイを合わせる約束をしてしまう。


(ガーブめ。後で懲らしめなくてはいけないな)


 ガイブは腰を落とし少女の顔を正面から見つめると少女の頭をそっと撫でる。


「この間も言ったがお兄ちゃんは少しの間家を空ける。心配はしなくて良い。留守の間もギョウブとギブがちょくちょく来てくれると約束してある」


「知ってる。私も行きたいけどそれは我慢するって言ったでしょ! だーかーらー、悪魔に会わせてよー」


「んー。見送りの時な」


 ガイブの適当なあしらいにナンナの不満が爆発する。


「嘘つき! もう、お兄ちゃんなんか知らない!」


 ドシドシと足音を立て勢いよく部屋を出るとそのまま玄関へと向かう。どうやら兄と顔を合わせていたくないらしい。ドンッと勢いよく玄関のドアが開かれる。


 キャァァァァァァ


 悲鳴と共にナンナが倒れる音がする。ガイブはすぐさま後を追い玄関のナンナの元へと駆けつける。


「あ、あ、悪魔が」


 ドアの隙間からは申し訳なさそうに顔を出すコルセイ。そんなナンナとコルセイを見て複雑な表情を浮かべるガイブ。


「コルセイすまない。妹のナンナだ」


 ナンナにとって一生忘れられない自己紹介となった。


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