第三章 第20話 マドリアス怒る
弓兵が宙からゆっくりと落ちる。
ブリーザブドドラゴンの甲冑部はゆっくりと剣士に視線をうつすと鋭い突きを繰り出す。剣士は何とか直撃を避けるものの、手数の多い槍の対処に追われ攻撃の手は先程から止まったままである。
ここぞとばかりに本体のブリーザブドドラゴンが魔術師に走り込む。魔術師が魔法の槍をブリザーブドドラゴンに飛ばすが、その巨大はものともせずにそのまま魔術師へ神官に突っ込む。
鈍い音がなりブリーザブドドラゴンが再び起き上がると魔術師と神官はもう人の形をしていなかった。
「酷いな」
コルセイが思わず口元を抑える。何とか連携で均衡を保っていた戦いだ。弓兵がいなくなればドラゴンの足止めをするものはいない。パーティはあっという間に壊滅してしまった。
ギャリン!
ブリーザブドドラゴンの尾を剣で何とか受け止めるが、両手の塞がった剣士に向かいドラゴン本体がブレスを吐き出す。
ーー視界が開ける頃には剣士は両膝をつき、精神も肉体も再起不能となっていた。
「マドリアスさんちょっと行ってきます。あ、急いで逃げて下さいね」
「はっ?」
マドリアスが口を開こうとした時にはコルセイはブリーザブドドラゴンに走り始めていた。
「お、おまえ」
ここでコルセイが戦闘に介入すると考えていなかったマドリアス。コルセイに対する怒りを瞬時に抑え戦闘に背を向けると全力で来た山道を駆け降りる。
ブリーザブドドラゴンの甲冑部が剣士に槍を構える。甲冑部の狙いは正確であり、数秒後には剣士の串刺しが出来上がる。
ドッヒュッ!
風を切る音と共に剣士に槍が繰り出される……。しかしそこ立っているはずの剣士の姿はない。後方には二股狼に首根っこを咥えられ尻餅をつく剣士。
「あ、ぼ、僕は」
ブリーザブドドラゴンガ不可解な顔をして剣士に振り向くと、その間の抜けた横面に衝撃が走る。
ギャァァァァァァァ!
「おい! こっちだ間抜け面」
コルセイが声を上げる。突然の登場人物に戦闘の邪魔をされたブリーザブドドラゴンは不快な感情を隠さずにコルセイに咆哮を上げている。
「熱烈な歓迎どうも」
コルセイが斜面を駆け降り走り出すと獲物を切り替えたブリーザブドドラゴンが勢いよくコルセイを追いかける。場に誰もいなくなると二股狼は剣士を勢いよく引っ張り、あっという間に剣士は戦線を離脱した。
※※※
ドドドドドッ!
「ハッハッハッ。おかしいかなり距離をとったはずなのに!」
すぐ後ろで聞こえるはずのない大きな足音。逃げる事だけに集中したいが、マドリアスは後ろを確認せずにはいられない。意を決して後方をチラリと確認する、すぐ後ろには腹立たしい表情を浮かべたコルセイ、そしてその後方には土煙を上げながら勢い良く追いかけてくるブリーザブドドラゴンがすぐそこまで迫っていた。
「おいぃぃぃぃぃ! 何で同じ方向に走って来るんだよ!」
「すいませんマドリアスさん。剣士さんを逃そうとすると、どうしてもこちらに逃げ無くてはならなかったんです」
眉根を少し下げ困った表情を見せるコルセイ。恋人ならそんな表情も可愛いと言ってくれるのかもしれないがマドリアスにはその顔がただただ憎たらしい。
「どうするんだ、あれ!」
「いや、正直俺もどうしようかと考えてまして」
(こいつ俺たちを餌に逃げ切る気だ)
普段から戦闘をこなし体力のあるコルセイに息の乱れはない。数分後には飄々とマドリアス達を置いて走り去るだろう。
「く、くそっっ! おい、目だ」
「えっ。め?」
「武器で目を狙えって言ってんだよぉ!」
マドリアスが先程の騎士団の戦いで負った目の負傷を伝える。能力を使い、ドラゴンの走り方、息遣い、目を頻繁に気にする様子から鑑みて、負傷の具合が予想以上に大きいとふんだのだ。あと、ワンアクションでブリーザブドドラゴンが怯む可能性は高い。
「なるほど。マドリアスさんの能力は便利ですね!」
「このガキが」
コルセイは一瞬振り向くと道具袋から取り出した小瓶を上空に投げる。すかさずスリングでその小瓶に投石を当てると小気味良い音を立てて瓶の中身は飛散し、ブリーザブドドラゴンの負傷部分に直撃する。
ギャァァァ
叫び声が上がりブリーザブドドラゴンは追いかけるのをやめると、地面に顔を擦り付けその場に倒れ込む。コルセイとマドリアス達は安心する事なくなく、そのまま教会まで走り抜けた。
「ハァハァハァハァハァ」
滝のように流れる汗に、痙攣する太もも。座り込んで息を整えたいが、まだ追って来るのではないかと心配でゆっくり休むことができない。隣のコルセイは朝のランニングを終えたような爽やかな表情を浮かべており、先程押し込めたマドリアスの怒りが爆発した。
「おまえ! ふざけんじゃ」
コルセイの顔を見て怒鳴りつけようとする。しかしコルセイはマドリアスの顔を見ることなくマドリアスの背中の少し後ろを見て口を開けて呆けている。
「ま、まさか」
マドリアスがゆっくりと振り向く。……しかし、後方には誰もいない。
「ゴルゼィィィィ」
正面を向いたその場にコルセイはいない。先を見れば数百メートル先に豆粒ほどのコルセイが確認できた。魔族の老紳士の顔は醜く歪みコルセイの後ろ姿を睨みつけていた。




