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パンダロンネ  作者: 藤山紗綾
第一章 わたしがアイドルっ!?
1/3

Prolog

 今日は人気グループ「SPIRIT(スプリット)」の単独ライブステージだ。日本一の広さを誇るこの会場にいるのは何も、SPIRITスプリットのファンだけじゃない。

「さて! では続いては、本日のスペシャルゲストの登場です!」

 今日このステージのスペシャルゲスト目当てで来てる人も少なからずいる。

「今日は皆さん、彼女が目当てで来てくださった方も多いんじゃないでしょうか? では早速、登場してもらいましょう!」

「「「きゃぁぁぁぁあ!」」」

 彼女が登場した瞬間、いや。「スペシャルゲスト」の番が来た時から。会場は今日一番の熱狂に包まれた。

「どうも〜! みんな、わたしのこと知ってるかなぁ?」

「「「きゃぁぁぁぁあ!」」」

 観客の声は鳴り止まない。

 スタッフはマイクの音量を上げる。

 熱狂に負けない澄んだ声が響く。

結城(ゆうき)太陽(ひな)でーす!」

 太陽ひなと名乗る少女が、ニッコリと営業スマイルを浮かべた瞬間、それまで太陽ひなのファンの熱狂を静観していたSPIRITスプリットのファンまでもが歓声を上げた。

「「「きゃぁぁぁぁあ!」」」

 その人気ぶりに、SPIRITスプリットのメンバーは内心引いてしまっていたが、彼らもアイドル。すぐに営業スマイルを浮かべた。

「続いては、人気アイドル『結城太陽ゆうきひな』のステージです!」

「「「きゃぁぁぁぁあ!」」」

 SPIRITのリーダーはそう宣言すると、メンバーと共に急いで舞台から去った。


 ステージが太陽ひな一人になっても、すぐには音楽がかからなかった。

 今日は友達の付き添いで『SPIRITスプリット』のステージを見に来ていた芹那(せりな)には、それが不思議でならなかった。

 だが、周りはどうやら違うらしい。

 芹那は、慣れない熱さの中そう思った。


 『太陽ひな』と名乗ったそのアイドルは、あまりテレビを見ない芹那でも知っている。

 芹那より一歳年上なだけなのに、日本のトップアイドルの座を奪った少女。

 『太陽』という漢字から想像する通り、金色の髪に橙色の瞳をした美少女は、大勢の人を前にしても一切緊張している素振りは見えなかった。

 気落ちしていた所為だろうか。

芹那にはそんな彼女の姿が、ひどく眩しく見えた。


 太陽ひなは片手を上げ、上を指さした。

 顔は観客に向け、伸びた人差し指が汗とライトでキラリと光る。


 芹那は知らず知らずの内に惹き込まれていた。

 太陽ひなのいる場所からは決して近くはない。むしろ、真ん中より少し後ろなくらいだ。だがそれでも、芹那には今、太陽ひなの姿しか映っていなかった。

 光り輝く太陽。


「わたしは太陽ひな。全てのファンの太陽たいよう!」

 再び熱狂が会場に響く。

「さぁ、心の準備は出来た? ……ミュージック、スタート!」

 最後に指を観客の方へ向け、片目を閉じてニコッと笑う。


 あざといと思った。

 けど、そんな太陽ひなから目を離せない自分がいることは、認めるしかない事実だった。


 太陽ひなの定番曲が鳴り始めた。

(この曲……知ってる……)

 昔、聞いたことがある。

(そうだ……真里ちゃんがよく真似してた……)

(そっかあれ……この人の真似してたんだ……)


 芹那の記憶にある通りに太陽のステップは踏まれていく。

 歓声は鳴り止まない。

 地響きさえする。

 だが、そんなものは芹那の耳には入っていなかった。


(歌……上手……)

 澄んだ声が心地いい。

 太陽。

 真夏の空、強い日差し、風に揺れるひまわり。

 そんな情景が思い浮かぶ。

 

 難しいダンスを踊りながら、太陽の声は一ミリのブレも感じさせない。

 ダンスにもキレがあって、かっこいい。

 

 芹那は『結城太陽ゆうきひな』というアイドルに自分が惹き込まれていっていることに気づいた。


「「「きゃぁぁぁぁあ!」」」

 太陽の曲が終わると、ファンの熱狂が聞こえた。

「ほぉ……」

 芹那は、自分でも無意識の内に、感嘆の溜息を吐いていた。

 それを隣で見ていた奈々(なな)は小首を傾げる。

「なーに、見惚れてるの? 芹那」

 その声は芹那の耳にも届いていたが、芹那はまだステージ上の太陽から目が離せない。

 キラキラとした瞳を太陽に向ける芹那に、奈々はわざとらしく溜息を吐く。


 芹那はまだ夢幻の中にいるような気持ちだった。

 そして、自分と変わらない年頃の太陽ひながこんな大きなステージにいることを羨ましいと思った。

 ほんわりとした景色の中にいながら、その瞳はどこまでも輝いている。だから、これは心からの言葉だった。


「奈々ちゃんわたし……志望校変える」

「えっ!?」

 受験を半年後に控えた今から新しい学校にするなんて無茶だ。奈々は驚きに声を上げた。

 だが幸い、周囲は太陽ひなに夢中で気にしていないようだ。

 奈々はほっと胸を撫で下ろすと、

「なら、何処行くつもりよ?」

 と訊いた。


「わたし……アイドルになる……」

「……は?」

「わたし……あの人みたいになりたい……」

「はぁ……あんたね、志望校変えるとかそんな簡単じゃないんだよ? というか、アイドルになるったって志望校変える必要は……」

 そこまで言いかけて、奈々は言葉に詰まった。

「うっ……」

 あまりにも無垢な瞳で太陽を見詰める芹那に、これ以上何か水を差すようなことを言う気にはなれなかったのだ。奈々はわざとらしく「こほんっ」も咳払いをすると、ニコリと口角を上げた。

「なら、良いとこがあるよ。あそこにいる太陽ひなちゃんもいるとこ」

「どこ……その天国……?」

 『太陽ひながいる学校』と聞いて『天国てんごく』と比喩した芹那に、奈々は少し呆れる。


 たったひとつのステージが一人の人間を変えようとしている。

 その事実が、奈々には少し恐ろしく思えた。

 だが、それと同時に興味も沸いた。

「一緒に行く?」

「でも……」

 独りは不安だが、付き合わせるのも悪い。

 そんな芹那の心情を読み取った奈々は、「仕方ないなぁ」といった雰囲気を出した。

「いいよ、別に。友達に付き合うくらい」

「……ありがとう」

 奈々はまだ志望校を決めていなかったはずだ。

 ならここは奈々の言葉に甘えよう。

 芹那はそう思って感謝を口にした。奈々はそれに答えず、

「ほら次はSPIRITスプリットだよ!」

 といって話を逸らした。

 もしかしたら、素直に褒められるのが恥ずかしかったのかもしれない。 

 奈々の為人を知る芹那はひっそりとそう思った。



 この日から、芹那の人生は変わった。


 そして、運命の日から約半年後。



 ――――一月。

 私立ヴェルヴェーヌ学園アイドル科入学試験日。

 この学校は国内最高峰の芸能学校。

 あの『結城太陽』や『戸田とだえりか』といった実力派アイドルが数多く在校している。『国内最高峰』はその所以だ。

 一学年の定員は480人。12クラスの内、アイドル科は4クラスある。一クラス30人で、その内の半数が中学から進級してきた生徒になる。つまり、新たに入学できるアイドル科の生徒は50人。

 希望者300人の中の上位50人だけが入学できる。


 正に狭き門。

 だが、この学校に入れば成功は確実といわれている。


 あの日、芹那は太陽と出会った。

 輝く太陽の姿に憧れた。

 自分もそうなるために。

 芹那は大きく深呼吸し、ゆっくりと一歩、その門に踏み入った。

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