宇宙戦艦のマヌドツワージュ山死の彷徨
最早、大勢は決した。我が調査隊は壊滅寸前であり、このままでは全員あの哀れな犠牲者同様に繭にされた挙句、この恐るべき怪物を生みだす母体となり果てるであろう。
そしてその後にこの遺跡はもとより広くこの世界にあれが放たれる事となればその惨禍は計り知れず、そのきっかけとなった私の名はこれまでの栄誉から一転して世界に災厄をもたらした呪わしき極悪人としておよそ知恵のある者の世が続く限り歴史に刻まれることとなるのだ。
――であれば何としてもそれは阻止しなければならない。
そう思った私はなけなしの勇気を振り絞り、先ほどから傍らで座り込んで震えるばかりのマヴァース君の手を取って語り掛けた。
「何としてでもここを脱しなければならん。
マヴァース君、立てるかね?」
「は、はい、教授。だ、大丈夫です」
そんなお互いの空元気を見透かしながらも二人でここを脱するべく煙に紛れるように身を低くして広間の入口へと駆け出すが、目の前の炎と煙の隙間から怪物が現れるのを目にすると見つからないよう回避すべく脇へと足を向ける。しかし突如としてその足は虚しく空を捉え、私は寄り添うように走っていたマヴァース君と一緒に落下した。
「うわっ!」
「きゃっ!」
宙に身を預けていたのはほんの僅かで私は金属質の床に肩から叩きつけられるのを感じると咄嗟に身を起こして周囲をすばやく確認する。私が落ちたのは先ほどの広間にあった穴で見上げればその広間へ続く四角い空間よりまだ生き残っている護衛達の必死の抵抗による喧騒が聞こえていた。
そこは小柄な種族の私でも屈まないと進めないほどの狭くて天井の低い四角い通路だった。広間よりさらに明度の落ちた赤色の光に照らされた通路は上と異なり例の不気味な物体に侵食された様子もなく無機質で凹凸の無い滑らかな銀色の金属で構成されている。その先は所々で横穴が存在して最後に角になって折れ曲がっていてどれ程まで先があるのかはここからはまったく伺い知れない。おそらくビーポーンを下から襲った怪物もここを通ってきたのだろう。
その様に理解した僅かな間に直ぐそばの穴から金属を爪で引っ掻くような音が響いてきた。私はマヴァース君を引き寄せて近くの穴に飛び込んで慌ただしく闇の隠蔽魔法を込めた魔導具のペンダントを起動させる。その魔法が発動するや否や通路からあの怪物の顔がこちらを覗き込むように現れた。
恐怖に表情をひきつらせたマヴァース君と私は息をひそめてその怪物と対峙する。隠蔽魔法が通用するのか定かでは無かったが、怪物は直ぐに襲い掛かってくる様子もなく「フシィィィッ」と短くうなり声を上げながらこちらを向いて何度か確認するようにゆるやかに左右に首を振った。そして暫くその場に留まっていたが最後は諦めたように踵を返すと我々が落ちてきた穴を通って広間へと消える。
マヴァース君と私は九死に一生を得た思いで安堵の息を付いた後に元来た通路へと戻った。広間への穴からはまだ残った護衛達が怪物相手に必死に抵抗する様子の音が聞こえるが、殆ど戦力にならない我々が戻ってもなんの役にも立たない事は明らかだった。であれば行先も不明なこの通路を先に進んで脱出するより選択肢は無い。その旨をマヴァース君に伝えた後、私は彼女と共にこの通路より脱出ロを求めることにした。
そうして出口を求めて先に進んだ我々であったが、当然、見知らぬ場所であてどもなく通路を彷徨うその行程は緊張と恐怖の連続で困難を極めた。常に周囲からのわずかな音に怯え、時たま遭遇する怪物を隠蔽魔法や物陰に隠れたりする事でやり過ごし、行き止まりに辿り着いてまた戻るという事を繰り返しても一向に先に進んでいる気がしない。その様な状態で既に時間の感覚も曖昧になり、すっかり疲弊しきった我々がその時、通路を流れた頬を撫でるただ一筋の風に藁をもすがる思いで光明を見出したと思い込んだのも致し方無いだろう。そしてその風に導かれるように進んだ先で上から明るい光が漏れる穴を見つければ尚更である。
そうして、我々はその穴を這いあがってそこに辿り着いたのだ。
そこは我々の求める出口とは真逆の終着点だった。
「きょ、教授。
ここは……いったい……何なのですか…………」
震える声でマヴァース君が私の腕に縋り付く。
私はその光景に返す言葉も失い立ちすくむことしか出来なかった。
先ほどの広間よりさらに広いそこは至る所から濃密な蒸気が立ち込め、先ほど見た正体不明の物体が部屋全体を完全に覆い尽くしており、まるで生きながらにして地獄の底に送られたような印象を受ける凄まじく捻じくれた具現化した悪意の博覧会であった。
そしてその部屋の最奥に鎮座するのが壁に張りつけられた双頭の巨大な怪物である。
それは外見こそ先ほどの怪物と似てはいるがこちらは何倍もの大きさの強靭な体躯を持ち、またその大きさに見合った何本もの大きな腕を有していた。そしてその双頭にはそれぞれ我々程度ならば一飲み出来そうな程の巨大な鋭い歯が並ぶ口のみで目鼻も無い奇怪な相貌をしている。
「……あれは……あの悪魔たちの神…………」
そう、独り言を発したマヴァース君に私は思っていても決して発してはならぬ禁断の言葉を聞いたように戦慄を受けた。
――それはまさに邪神であった。
先ほどの怪物を地獄からの使者である悪魔と形容するならばこの目の前のものは紛う方なくおよそこの世に生あるものを憎むべく存在する邪神であろう。しかしながらこの広間ではなにも遮るものも無く、無礼な闖入者である我々に気づかないはずが無いのだが、それは未だに動く気配を見せなかった。生の無い偶像かとも信じたいが胎動するように緩やかに動く胸や口元を見ればそうでない事は明らかである。
私は一旦、この光景から受けた衝撃よりいつもの冷静さを取り戻そうと大きく息を吐いた。
……我々を目の前にしてこの邪神?――本当にそうなのかは私の印象でしかないが――はなぜ未だ微動だにしないのか? そもそも壁に張りつけられ、下半身に至っては壁に埋没しているように見えるこれは封印されている様にも見えないだろうか? それともいつか来る覚醒の刻を待ちわびて我々には想像もつかないおぞましい夢を見続けているのだろうか?
この期に及んで学究の徒らしく探究心が恐怖心を克服しつつあることに我ながら救われぬ業であるなどど心中で苦笑しながら私はマヴァース君に調査の指示を出そうとした。
そうして傍に立つ彼女を顧みたその顔に映っていたのは。
――声にならない悲鳴を上げる恐怖の表情だった。
そして私はマヴァース君の視線をたどり、ゆっくりと自身の背後へ振り返る。
そこに見えたのは穢れた黒い一群だ。先ほどまで我々の仲間を蹂躙していたあの怪物の――
それと同時にあの美しくも冷たい声がまたしても部屋中に響きわたる。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁ!」
「きゃああああああぁぁぁぁぁぁ!」
その我々の最後の悲鳴はもう誰にも届く事は無く、後はただあの声のみが広間に虚しく反響するだけだった。
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ケイコクシマス アトラクションナイデ レギュレーションイハン ニ
テイショクスル ブキノソンザイ ガ ミトメラレマシタ
タダチニ ソノバデ ブキヲオキ カカリインノシジ ニ シタガッテクダサイ
シタガワナイバアイ ハ キョウセイテキニ コウソクサレマス
クリカエシマス……




