宇宙戦艦の異世界海兵隊Ⅱ
赤色の灯りに照らされて単調な色相に染まる広間でその場に居る全員が緊張しながら不測の客を待ち受ける中、ビーポーンが警告を発した斥候のフラミルに大きな声で問い掛けた。
「どこだ! どっちの方向だ!」
「特定できない!」
「はっきりしろ! フラミル!」
「複数の気配だ! こっちへ向かってくる!」
しかし、先ほどの火を消した煙によるものか数歩先しか視界の効かないこの状態において、その言葉はいたずらに他の者の不安を煽るのみで必要以上にこの場の緊張を増幅させるだけであった。
にもかかわらずフラミルは見えない相手に怯えたように繰り返しその警告を訴え続ける。
「確かにこっちへ向かってくる! 前からも、後ろからもだ!」
その言葉を受けた他の護衛達が口々に荒々しい返答を返した。
「どこに居やがる!」
「何も見えねぇ!」
「こっちも同じだ」
「こっちにも居ないぞ!」
隊の中央に居る私からも特に変わったものは何も見えない。目の前に広がるたゆたう煙以外はただ穴の中から響く轟音が聞こえるのみであった。
他者からの否定の言葉の集中に負けじとフラミルが応答をやり返す。
「嘘じゃねぇ! 何かいるんだ! ものすごい数だ!」
一体、フラミルには何が見えているのか? 『ラーメタルト』族の彼は他種族より抜きん出た高い聴覚を持っており、それによって自身の危険に非常に敏感であるが、一方でビーポーンが選抜した経験を積んだ熟練の戦士であるはずだ。その彼がここまで怯えるのは尋常ではない。
「完全に囲まれてるぞ! おい! どうなってるんだよ!」
彼がひとり危険を訴える中でそれを認識できない他の者は不安と疑心暗鬼に心を蝕まれてゆく。
何れにしても迫る脅威の正体がわからない事には撤退もままならない。逃げる時ほどまずその危険を正しく認識する事が肝要なのだ。昔から戦場で鳥の羽音で恐怖心に取りつかれ、算を乱して逃げだした挙句、味方に踏みつぶされたり無防備な背を槍で突かれ草でも刈るように首を取られるというような例は枚挙にいとまがない。臆面もなく逃げ出す者は命を落とし、死を覚悟した者が生き残るというのが歴史が伝える正しい戦いの場の作法なのである。
「探索魔法でも捉えられないのでしょうか?」
そう声を発したのは後方魔法要員であるデイタットであった。その意見に同意しようと顔を向けたその瞬間、私は見た。
――デイタットの真上から音も無く降り掛かる黒い影を。
私が「あっ」と警告を与える間も無く影から黒い手が伸びて彼を軽々と空へ吊り上げて行く。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
不意に宙へと身を彷徨うこととなったデイタットが絶叫しながら地に付かない足を虚しく足掻かせながら上昇してゆく。
そして最後のあがきか予め唱えていたであろう炎の魔法がその手にした杖から発動した。しかし、混乱の中で放たれたそれは私同様、その光景を唖然として見つめていたフラミルに運悪く直撃する。
「うがあぁぁぁぁっ!!」
避ける暇も無く炎の魔法を受けた彼は瞬く間に全身を火に包まれて足の生えた松明となった。そして、突然に前方へ駆け出すと広間の穴の前の手すりをその勢いのままに乗り越え、真っ逆さまに穴の中へ転落して消える。
「フラミル!」
ビーポーンが駆けつけて穴の中を覗き見るが相変わらず分厚い靄に包まれたその中は何事もなかったかのように轟音のみを発するだけであった。それに気を取られている間に別の数名の護衛達がフラミルが穴に転落する前に落とした投擲魔導弾が入った袋に気づいて回収すべく近づいていた。
しかし、それには既に火が付いており今にも暴発する事は誰の目にも明らかであった。
「逃げろぉっ!」
一瞬遅れてそれに気付いたビーポーンが声を張り上げて退避を命じたが、次の瞬間には袋の中の投擲魔導弾が大きな振動と共に爆発して逃げ遅れた護衛達を巻き込んだ。
「ぐわぁっ!」
その衝撃をまともに受けた護衛達は数メルダも吹き飛ばされると床に倒れた。その一人は床にうつ伏せになったまま動かなくなりここからでは生死も不明な有様だ。その上、投擲魔導弾の暴発により散乱した炎が広間のあちこちに燃え移って既に充満していた煙と相まって視界をより一層不明な物とし、辺りは地獄のような様相を呈していた。
我々がわずかな時間で三名もの犠牲者を出した不運を嘆く間もなく畳み掛けるようにそれが襲い掛かって来た。私は煙と炎にむせながらもその間から今まで見た事も無い二足で歩く大きな魔物がこちらに向かってくるの視界にとらえる。一言で形容するならば邪悪としか言いようのないそれは甲虫にも似た金属の様な光沢のある黒く複雑な筋を刻む硬質な殻に身を包み、背骨の様な長い尾をしなやかにくねらせて、背中から何本もの突起物を生やしていた。そして顔は細くて鋭い多数の牙がむき出しの口ばかりが目立つ目も鼻も無い奇怪で異様な形相でその感情が伺えないにもかかわらず、隠しようもない敵意をこちらに向けていた。
その身も気もよだつような悪夢にも似た光景に悲鳴を上げる間もなく私の前に立っているビーポーンにその異形の怪物が鋭い爪が生えた腕を大きく広げながら飛び掛かってきたが――
「これでも食らえっ!」
と彼が手にした長柄の戦斧を振り回して強かにその横面を強打するとその怪物は横に吹き飛んで立ち込める煙の合間に消えていった。
「くっ! 全く手応えがねぇ。
まるで石像でもぶっ叩いてるみてえだ」
その間にも別の方から叫び声が聞こえる。
「うえぁ! うおぉぉ! うわっ! うぇああぁぁぁぁぁっ!」
それを聞いたビーポーンが即座にその方へ向かってその声の主の名を叫んだ。
「ウォキバススミー! 返事をしろ!」
しかし、既に応答は無くデイタット同様にいずこかへと連れ去られたに違いなかった。そして、あの犠牲者の末路を見た後ではやがて彼らに待ち受ける運命は容易に想像できる。そうなる前に救出しなければならないが、それよりまずは現在、我々自身が対峙している虎口を脱する事が先決だ。
機先を制せられた形で始まった戦いは明らかにこちらに不利な形勢であり、隊形を組んでいる護衛たちの四方から容赦なく耳障りで奇怪な雄叫びと共に怪物が襲い掛かってきていた。
「ぶっ殺せぇっ!」
クォオオオォォォォン!
「何だこれ! 壁から出て来るぞ! うじゃうじゃ居る!」
キュシャャャャァァァ!
「おい! 刃が通らないぞ! どうすりゃいいんだよ!」
キュオオオォォォォォォォォン!
「くそっ! 来るな! こっちへ来るなぁ!」
悪夢のような混乱の中で残った護衛達が各自応戦していたが隊長であるビーポーンが声を張り上げて体制を立て直すべく素早く指示を飛ばした。
「隊から離れずに陣形を小さい円にしてお互いをカバーしろ!
相手と組むな! 長物か盾で押し込んで距離を取れ!
後衛を厚くして退路を確保! 殿は俺が引き受ける!」
そう言うや否やビーポーンが辺りの怪物にその巨体に似合わない凄まじい速さで突撃した。
「どけぇぇぇぇっ! この化物めぇぇっ!」
巨大な戦斧を縦横無尽に振り回してその周囲に居た数匹の怪物をまとめて吹き飛ばす。まるで黄色い暴風のように荒れ狂う彼に近づくことが出来ずに他の怪物も様子を窺うばかりとなってここに至って我々はようやく態勢を立て直すに足る小康を得ることが出来た。
その様子を見た他の護衛達が退路を確保すべく広間の入口に向かって数名で盾と槍で隊列を組んでどうにかして少しずつ怪物を押し込んで行くのが見える。
全力の牽制で怪物を退けたビーポーンが僅かに退路の様子を窺ったその時――
「うおっ!?」
その足元の床板が外れてそこから伸びた怪物の腕が彼の足を掴んだ。他の者を遥かに凌ぐ体躯と力を持つ彼に勝る腕力を持つこの怪物は如何なる存在なのか? 果たして次の瞬間にビーポーンは大きな音を立てて床にうつ伏せで倒れていた。その隙を見逃さずに数匹の怪物が飛び掛かって瞬く間に彼を組み伏せるとそのまま引きずるように煙の向こうに連れ去って行く。
「くそっ! 放せ! 放せぇっ! うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
我が隊最強の戦士でありまた、この世界でも屈指の強者であろうビーポーンがその様にあっという間に拉致されたのを目の当たりにした他の者は一瞬、唖然した様子でその場に立ちすくんでいたが次の瞬間には収拾の付かない恐慌状態に陥った。
「隊長は!?」
「やられちまった! やられちまったんだ!」
「逃げよう! こんなとこ早く出ようぜ!」
「おい! ダメだ! 隊列を! 隊列を崩すな!」
こうして我々が最も頼りにしていた司令塔を失って調査隊は完全に崩壊した。最早、誰の制御も失った烏合の衆となっては全滅も時間の問題であろう。しかし、例えそうだとしても誰かがこの脅威を外に伝えなければならない。他者を苗床として繁殖し、あのビーポーンでさえ虜囚とするこの危険極まりない未知の怪物がこの遺跡はおろか世界を滅ぼしかねない危険な存在であると判明した今、奴らが野に放たれるのを何としても阻止しなければならないのだ。それにはまずここを抜けてこの脅威を伝えて外に助けを求めなければならない。
そうして私はこの窮地を脱するべく望むべくもない決死の逃避行に移るのであった。




