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異世界宇宙戦艦の大家さん  作者: 井上尭彦
戦闘詳報第三号 異界接触編
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宇宙戦艦の異世界海兵隊Ⅰ

 足を踏み入れて見渡した建物の内部はこの遺跡の他の箇所とは様相が異なっていた。入口から奥に伸びる通路の壁や天井は植物による浸食は見られず、他ではただ平面だった通路がこちらでは通路に沿って何本もの管が伸びており、壁は直線的ないく筋もの溝を刻んだ金属が素材そのままむき出しで雑然とした感じを受ける。そして、その通路は灯りが心持ち薄暗いうえに辺りに靄が立ち込めて見通しが悪く、せいぜい5、6メルダ先しか認識できなかった。


「大丈夫だ、先に進もう」


 斥候であるフラミルと周辺の状況について確認していたビーポーンがそう促すと我々は私を中心に隊列を組んで通路を奥へと歩みを進める。未知の領域で自分の命すら保証できないこの状況において私は年甲斐もなくこれまでにない高揚感に包まれていた。ここにはきっと何かある――これまでの研究人生において培ってきた勘が私にそう囁くのだ。


 ラエンドークの庁舎などでも書物や例のカードなどのなにがしかを記した資料が存在したのかもしれない。しかし、現在の入居者がそこに至ってから書物は燃やされ、その他用途不明な物は不要とばかりに打ち捨てられたのであろう。この遺跡への入植初期の食うにも困るような混乱した状況ではその様な愚かな蛮行――あくまで現在の我々からの観点という事だが――が行われることは想像に難くない。

 だが、おそらくこの建物は後の入居者などの侵入の様子も無い手付かずの状態であると思われる。であるならば我々にとってこの上なく貴重なそれらの資料が残されているとしてもおかしくない。問題はここが何の施設だという事であるが、現時点で唯一分かっているのはここが外観から見て居住目的以外の何かという事である。外部に窓が一切ないことから工場や倉庫などが考えられるが防衛拠点や制御施設であればその重要性と得られる情報は各段に高くなる。


 そして、警戒と前進を繰り返して到達した通路の行き止まりで上へ続く階段を見つけた我々はためらう事無くそれを昇り先に進んだ。再度、通路を何度か折れ曲がって進みその奥の階段を昇って三階に到達した時に辺りの様相が一変した。


「何だ……これは」


 それまで見えていた無機質な金属で構成された通路とは打って変わって今まで見た事も無い不気味な光景がそこに広がっていた。壁、天井問わずに黒光りするねじ曲がった背骨や内臓を混ぜ合わせて樹脂で固めた様な正体不明の物体が通路全体を覆っている。その壁や天井からは粘着質の液体が滴り落ち、その上、気温が上昇して蒸し暑く空気は息苦しくよどんでいた。

 その我々のこれまで培ってきた文化とは明らかに異質な光景は吐き気を催す嫌悪感と高度に洗練された我々が信じる聖なるものと相反する邪が存在し、かつ複雑な曲線を基調とする完成されたデザインの鮮烈な印象を目にする者に有無を言わさず畏怖と共に飲み込ませずにはいられなかった。


「どうするよ。教授?」


 ビーポーンが試すように私に問いかける。


「まだ何もここの情報を得ていない。もう少し進もう。

 ただし、撤退の指示は其方に任せる」


 果たしてそれは彼のお眼鏡にかなう答えだったようで、口の端を上げるとそのまま目線を前方の通路に向けた。その先ににはまるで地獄の底にでも続くような不吉な通路が続いている。暫くの沈黙の後、ビーポーンは護衛達に指示を下した。


「ウォキバススミー、デウーダリット。

 お前たちは隊列後方で退路を確保しろ。前進する」


 そうして、我々は改めて隊列を整えるとその通路を先に進んだ。粘液にまみれて凹凸のある通路に足を取られないように注意しながら歩くと前方からだんだん鍛冶場の炉が立てる「ゴウゴウ」というような音が聞こえて来る。やがて、その音が会話も遮られる程大きくなったところで我々は通路を抜けてかなり大きな広間に出た。


「ここは……」


 その光景に私は言葉を失った。


 不気味で吐き気を催すような物体が壁天井を問わずに部屋全体を覆っているのはこれまで通った通路と同じだが、それよりもまず目に入るのは部屋の中央にある発光する大きな穴だ。その穴は金属の手すりに囲まれており、そして、この部屋に反響する大きな音はそこから発せられているようだった。部屋に入って真っ先に私はビーポーンに守られながら手すりに近づいてその穴を覗き込む。


 穴の中は蒸気のような靄に覆われて底が見えず、その靄の奥底から強い光と音を発している。それが何かは不明だがそこからはかなり大きな機械がそれに見合った大きな力を発している様子が伺えた。


「これは……もしや、見付けたか?」


 もしかしたら、これこそがここの遺跡を維持する謎の動力源なのかもしれない。私はにわかに降って湧いた望外の幸運にこれまでになく心を躍らせる。


 しかし、その様な高揚感に浸っていられたのも僅かな間だった。


「教授! 壁に誰かが!」


 助手のマヴァース君がそう声を発したのを受けて我々がその視線の先にある壁に目を向けるとこれまで見た事も無いおぞましい光景が目に入る。


 ――それは、壁にまるで塗り込まれるように磔りつけられたの何者かの遺体だった。


 その何者かがいつ、どうして死んだのかは分からない。分かるのはその顔の断末魔の表情が苦悶に歪み、また胸部辺りが不自然に内部から弾ける様に肋骨を露にしている事だけだ。およそ安らかな死に様とは程遠いものであることは一目瞭然であった。

 よく見ると壁のいたるところに同様の多数の遺体が埋もれるように存在していた。


 暫くの間、その不気味なモニュメントに調査隊全員が言葉を失っていたが、その黙とうにも似た沈黙を破ってビーポーンが私に語り掛けてきた。


「教授。

 流石にここはヤバい感じがプンプンするぜ。あまり長居はしたくねぇな」


 全く同意だ。しかし、ようやく見つけた宝の山を目の前にしてそう簡単に引き下がる訳にはいかないのだ。蛇の巣に入らなければ卵は得られないと言うではないか。そう思った私は彼に返答した。


「しかし、たった今ここに来たばかりでまだ何の情報も得ていない。ここは手早く皆で手分けして周辺を簡単に確認して終わり次第、一旦入口まで撤収するとしよう。私以外の誰かが何か見つけても触らずにまず私に報告するようしてくれ。それから護衛の任務として申し訳ないのだが……」


「何だ?」


「ビーポーン。

 ここでは投擲魔導弾の使用は厳禁だ」


「教授。それはどういうことだ?」


()()を見ただろう? あれがここの遺跡の動力源だとしたら壊すのは絶対避けるべきだ。あれに万一の事があってこの遺跡の機能が停止するのもまずいが、それ以上に……」


「それ以上に?」


「これだけの力だとすると最悪、この遺跡全部が吹き飛んでもおかしくない」


「成る程、それは是非ともご遠慮願いたいな」


 そう頷いたビーポーンは護衛達に向かって命令する。


「皆、良く聞け。ここでの投擲魔導弾の使用を禁ずる。フラミル、全員の投擲魔導弾を回収しろ。

 また、火と風以外の魔法は使うな」


 突然、攻撃手段を制限された護衛達は口々に不平を漏らしたが、ビーポーンが改めて一括すると渋々、投擲魔導弾をフラミルの広げた袋に差し出した。

 その後、各自に調査範囲の割り振りとその指示を行うと全員この広場に散って目立った物が無いか確認を始める。


 私は再び例の穴の前まで来ると手すりに身を乗り出し、その穴の底の正体を見極めようと何一つ見逃さぬようにひたすら耳目を澄ました。変わらず穴の中は蠢く靄に包まれ全く見通せないが何とか一瞬でも切れ間でも出来ないかと注視していたところで別の方から思わぬ声が発せられた。


「隊長! 生存者がいます!」


 私はその声のした方向へ取りも直さず駆けつけたが、そこに見たのは先ほど見た遺体と同様に壁に張りつけられた女性であった。ただし、胸は破裂こそしていないものの顔色は死体のそれであり、焦点のあっていない虚ろな目は間近に迫った見えない死神を捉えているようにも見える。


「どうした! いったいここで何があった! ここは何だ!」


 私はその死相がはっきり浮かんだその者の様子にも構わず詰問する。


 果たしてその言葉が届いたのか彼女は陸に打ち上げられた魚のように空しく口を数度開閉させた後に言葉を発した。


「アァ…………ァ……、---- ・-・- --・-・ ・-・--……」


 これまで私が聴いた事の無い言語の発音だ。


「マヴァース君! 君は判るか?」


 マヴァース君は私を凌ぐ二十数ヶ国語と驚異的な記憶力を持つ才女だ。彼女ならもしやと思ったが


「も、申し訳ありません、教授。

 私もき、聞いたことが無い言語です」


 とやや狼狽しながら返答する。

 次にどう対処すべきか逡巡している間に突然、その壁に張りつけられた女性が激しく前進を痙攣し始めた。


「アアアァ! アアッ! アアアアッアッァァァァァ!!」


 突然の出来事にうろたえて見る事しか我々の目の前でその胸部が中から何か飛び出してくるように変形する。


「な、何だ! いったいこれは!」


 そう私が叫んだ次の瞬間、その者の胸から鮮血と共におぞましい突起物が生える。それは目も鼻も無く鋭い牙が生えた口ばかりが目立つ異形の何かだった。『キシャー』という耳障りな産声を上げるソレは身体をくゆらせながら身の毛がよだつような分娩を経てこの世に生まれ出ようとしていた。


 これはこの世界に生まれてはいけないモノだ――それはたった今、これを見た誰しもが等しく思うただ一つの結論であった。ここにある奇妙な遺体の量産が目の前の生物によるものだと理解すれば尚更のことであろう。しかしながら同時に学者である私の探究心がその次の判断を鈍らせた。


 そんな私をよそにプロフェッショナルの護衛であるビーポーンは即座に命令を下す。


「デイタット! こいつを燃やせ!」


 呆然とした私が止める間もなく後方魔法要員であるデイタットが魔法を放つ。


「燃えろ! このバケモノめ!」


 瞬く間に哀れな犠牲者と共にその異形の新生児は我々の目の前で炎に包まれて弱々しい断末魔と共に朽ちてゆく。その光景を安堵と一抹の喪失感と共に眺めていると突然、どこからともなく周囲から謎の煙が噴出して火が消化された。一瞬、煙に包まれた遺体がぶれる様に消失したかにみえたが考える間もなく広間の照明の色が赤く変わる。


「な、何だ!」


 調査隊全員がその場で周囲を見渡したながら狼狽する中で部屋全体に大きな声が響き渡った。


「-・-- ・- ---- ・・・- --・-・ -・・- ---・-……」


 またしてもあの正体不明の言葉だ。声の高さから女性のそれのようであるが相変わらず全く意味が分からない。何処から発せられているかもわからないその声は非常に洗練された美しい響きを持ちつつもその反面、非常に無機質で全く感情が感じられなかった。それはあたかもまるで不吉な運命を宣告する占い師の言葉にも似て我々の心を薄闇色に染めてゆく。


 謎の声が繰り返し部屋に響き渡る中でビーポーンがそれに負けじと大声で


「防御列に隊列を変更!

 周囲に注意して変化を見落とすな! 後衛は即座に後退できるように後方を確保しろ!

 教授! 隊の真ん中で待機してくれ」


 と素早く指示を発した。


 先ほどの火を消した煙の為か僅か2,3メルダ程先しか視界が効かない広間の中で全員が慌ただしく臨戦態勢を整え終わると同時に謎の声が止み、その後は部屋の中央の穴から発せられる音だけが重苦しく辺りを支配するようになった。


 誰一人声を発せずに護衛達がその場でせわしく周囲を睨みながら警戒している中、その沈黙を破って私は隣に居るマヴァース君に語り掛ける。


「マヴァース君。

 先ほどの謎の声は記憶できたかね?」


 彼女の記憶力は群を抜いて素晴らしく、一度見聞きしたものは細部まで記憶するのはもちろん、その上、それを絵や声で遺漏なく再現できる稀有な能力の持ち主である。


「は、はい。覚えました。内容を復唱します」


 その場でマヴァース君は先ほどまで流れていた謎の言語のメッセージを自らの声で再現した。


 当然ながら意味は全く分からないがおそらく例の言語の発音で間違いないだろう。多数の文章に加えてまさか発音まで入手できるとは思わなかった。これはこの遺跡の解明を進めるうえで非常に貴重な資料だ。

 ここらがそろそろ潮時だろう――そう思ってビーポーンに撤収するように指示しようと思ったその時、


「隊長! 俺たちの周りに何か気配が!」


 そう、斥候のフラミルが鋭く声を挙げた。

 調査隊全員ににわかに緊張が走る中、ビーポーンが大きな声で指示する。


「全員! 警戒態勢!

 その場で隊列を崩すな!」


 一体何が来るのか――これ以上望むべくもない数々の不吉に満ちたこの場所で私は密かに心の中で僅かばかりの希望にすがるしかなかった。 


 ――そして


 蹂躙が始まった。

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