宇宙戦艦の異世界ラエルン滞在記
「クタエス教授。今回の調査で何か判明したことはありましたか?」
そう歓談の中でこのラエンドークの街の町長であるからニスラオミ殿から質問を受けた時、私は一瞬どう返答すべきか迷った。この地に到着してラエンドークの街を拠点と定めて既に一週間程経過したが今のところ目立った成果は無い。
「いや、目下まだ目立った成果はありませんな。外界から来た我々にとってはここでの生活は驚きと発見の連続ですが、ここに長く住んでおられる貴殿たちにとってはごく当たり前のことばかりでしょう」
私はその様に包み隠さずに率直な感想を述べた。
ここで変な虚勢を張ってもこの地においては我々より遥かに先達である彼らにすれば何の意味も持たず、却って侮蔑の対象となるだけであろう。
果たして私の返答が正しかったのか『ホフラキールト』族であるニスラオミ殿は特徴である馬のような面長な相貌と長身ながら強靭な体躯をしているがそれに反して穏やかな性格でこちらに対して穏やかな笑みを浮かべて言葉を返した。
「そうですね。外からいらっしゃった方々は口をそろえてこの場所の奇異なる点を並べられますが、我々にとっては日常のことなのです」
彼はその様に私の返答について飾らぬ感じで応じたが、少し思案をするように間を置いてから言葉をつづけた。
「……しかし、我々はここに何世代も長きに渡り暮らしていてそれらのことを知ってはいても理解しているというわけでは無いのです」
そう、半ば深刻そうな表情を浮かべる彼の顔をみて首肯する私は心底彼の話に同意していた。
そうなのだ。それこそがこの地でのすべての事象の問題であり本質なのである。
これが例えば一昔前の天文学における日食とか現在、地質学で議論されている地震などの自然現象であればいずれ学問の進歩で解明される希望もあるのだが、目下ここで発生している不可解な事象はすべて何者かの手による自然など超越した超技術による人為的なものなのである。
多少の技術力の差の問題であるのなら我々の魔法技術文明の発展で後世にすべてが明らかになる可能性があるとも言えなくも無いが、ここまで絶望的な懸絶と言えるほどの差であると現時点ではどれ程の歳月を要するのか見当も付かない。
そして、私は少し不安げな表情を隠さないニスラオミ殿にその言葉に同意の意図を伝える。
「ご懸念、理解いたします。
あなたがたは長年ここに住んでその恩恵を享受していても何故、そうなっているのかは分からない。そして、それが明らかに何者かの意図によるものであるのにも拘らずどこの誰かも何の目的であるのかもわからない。最後に最も深刻なのがこの状況が一体、いつまで続くのか全く分からないということですな」
彼は私の話を聞くと若干、安堵した様子で
「そうなのです。ご理解いただきありがとうございます。
私の祖先がここに移り住んで街を作り、生活を営むようになってから私で十代目ですが一体いつまでこの状況が許されるのか不安なのです」
そのように語り終えると彼は二階の窓の外の街を行きかう人々に目を向けた。
その窓にはめ込まれた透明な板はガラスではない別の何かであっていかなる手段を以てしても割れる事はもちろん、傷一つ付けることも出来ないそうである。
そして今、我々が歓談している庁舎はこの街の創建以前から存在しているにもかかわらず内も外も全く新築の様相を呈している。今いる応接室の壁は緑の抽象的な葉と縦筋の紋様の壁紙で装飾され、木の腰壁が付いているが鑑定魔法で調査した結果は先ほど調べた壁と同じくそれらを模した正体不明の物質で構成されていた。
そう知ってしまうと我々に馴染の魔導照明具に照らされたごく変哲もなく見える部屋であっても不気味な違和感を覚えずにはいられないのである。
しかし、である。
そのような正体不明の事柄を差し引いてもここにおける環境は外部と比べれば天と地の差がある。
ここ『マヌドツワージュ』大樹海は見渡す限り平坦な地形に日中でも陽が届かぬ巨木が生い茂っており、気候も季節の寒暖差が非常に厳しい。
そのような中であってこの遺跡(住人達は山と称しているが)の内部での生活は天国の如く快適であった。雨露を凌げるの当然の事、外部と同じように灯りが日照に合わせて維持されて空気も澱んだり不快に湿ったりすることは無い。温度も一定で夏の暑さにうだる事も無く冬の寒さに凍える心配もない。水も内部の木々から伝ってくる以外にも何処からか常に供給され、甚だしい事には火事が発生した場合には何処からともなく水が降り注ぎ瞬く間に消化されるのだという。
およそ生あるものであればここにより快適な生活を求めて集うであろう事は当然の帰結であると言える。
ニスラオミ殿の祖先達もそのような訳でここに居を構える事となったのであるが、快適な環境というのはおよそ知恵あるもの以外にも同様であって同時に多数の動植物の住処となっており、その中には我々にとって危険なものも少なくない。
その様なここで生きる者にとって最早、当然となっているこの快適な環境の維持が一体、誰によってどのように成され、それがいつまで続くのかというのは最も重要な死活問題であった。この異常な事象が全て人為的なものである以上、それを成すものが存在するという事であり、誰一人その者に許可を得ていない以上、その何者から見れば現在ここに居住するものは悉く不法占拠者であるとも言える。もし、その者自身やその意図に何か変化があれば即座にこの環境は失われるかも知れないし、それが明日にでも起こるかもしれないとすれば知恵のある者ならば不安を覚えずにはいられないというのは言うまでもないだろう。
我々、調査隊は今回この街に拠点を構える際に相応の金を寄付という名目で支払っているが、その分限以上に現在ここで町長自ら応対されるほど優遇されているのは、それ以上にこの問題を解明するという事を期待されての事なのである。
「それで、先にこちらで依頼した事の件についてですが」
私は窓際に立つニスラオミ殿に問いかける。
「ああ、あの件ですか。
先ほど確認がとれました。詳細はこちらに」
そう言って私に一枚の紙が差し出された。
「おお、分かりましたか。
ありがとうございます。これが新たな調査の手掛かりとなれば幸いなのですが」
その紙を受け取ると私は早速、目を落として確認する。それには例の不思議なカードが拾われた場所が簡潔に書かれていた。
「ここは……この街から11層上ということですか。一体ここはどのような場所なのでしょうか?」
「私もあまり詳しくありませんが、そこはこの山中では住む者も無い放置されている場所です」
それを聞いた私はさらに問いかける。
「何か問題でも?」
「ああ、特に危険というわけではありません。
ただその場所には用途不明な巨大な建造物や大型の機械が点在しており、また幾つかの建造物も存在しますがその殆どで扉が固く閉ざされて内部に入ることが出来ないのです。
それらはその階層のかなりの場所を占めており、移動はもちろん撤去することもかなわないので住むことも、農地や放牧地などに利用することも出来ず、結局のところ放置されています」
「そこで例のカードを見つけたと」
「ええ、他の階にある街を行き来する輸送隊が遭遇した魔獣から逃れるために偶然、空いていた建物内に避難したところ、その内部の机の下にカードが枯葉に埋もれるように置いてあるのを発見したとの事です。……ええと、別に添えた地図のこの辺りですね」
そうしてニスラオミ殿は報告書に添えられた地図に印が示された箇所を指さした。
「うむ……それでそこにある巨大な建造物や大型の機械とは?」
「はい、見た目も珍奇で人目を惹くのですがほとんどの建物は封鎖されていて、また機械は全く用途も不明で悉く動作しないのでそのまま誰の手も入る事も無く放置されています。そのため人気も無いしばしば魔獣も徘徊する比較的危険な場所となっていますのでたまに輸送隊が通る以外は全くと言っていいほど人が立ち入らないのでめぼしい情報が無いのです」
「ほう、なかなか興味深い場所ですな。
それでは早速こちらで調査に赴くと致しましょう」
「そうですか。これでご期待に添えたのかは分かりませんが」
「いえいえ、現状では些細な情報でも貴重な手がかりです。非常に助かります」
その様なやり取りを行い、その後も暫し雑談をした後で庁舎を出た私は早速、調査に赴くべく準備に取り掛かるのであった。




