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異世界宇宙戦艦の大家さん  作者: 井上尭彦
戦闘詳報第三号 異界接触編
56/64

宇宙戦艦のさよならモッくん

「うぁー、やっと終わったー」


 俺はそう独り言ちるとディスプレイから目を離して執務室の椅子に背を預けて息を吐いた。


 あの怒涛の初会議の後、わずか数日で航海長であるオオヨドが数十万字にも及ぶ緊急時防衛準備マニュアルを提出して俺に査読を求めてきた。断固拒否したいところではあったが自分で指示した手前であり、オオヨドが物凄い期待に満ちたイイ笑顔をしていたのを見ると俺に拒否権は存在しないようであった。

 とりあえずその内容に目を通すと事務的に良く整った文章で量が多いが意外と読みやすく、改めて彼女の能力の高さを感じたが、俺の知らないこの艦に関する専門用語や23世紀の法律などが所々にあってカスミにいちいちそれらの不明点を質問しながらでないと理解できず、結果として読み終わるまでかなりの時間を要した。

 その上、査読が終わった俺にオオヨドが意見を求めてきたので、つい変な色気を出して余計な注文を付けてしまった結果、さらに改定されたマニュアルの再査読までしなければならないハメになってしまったのだった。


 現在執務室に居るのは俺とちんまいのとデッカイのの三名だけだ。すっかり俺の秘書として馴染んだカスミとオオヨドの進言により俺の護衛に就くことになったアサシモである。カスミは相変わらず俺の横に控えて立っているが、アサシモは執務室のソファーに座って空中の大判ホログラフィック・ディスプレイに映し出された映画に見入っていた。現在そこに絶賛上映中であるのは大型宇宙船に乗った異星人がアメリカに侵略する愛国心やら家族愛とか山盛りのいかにもアメリカらしい定番映画だ。


 暫くの間、椅子に座ったままかつて地球に在った頃に何度も見たその映画を一緒に眺めていたが、エンドロールが流れ始めたところで俺はアサシモに声をかけた。


「どうだ? この映画の感想は?」


 アサシモはソファーに座ったまま俺に顔を向けて少し考えた後に答えた。


「宇宙から地球を攻撃するのはブリスベン地球環境保全条約違反だぞ」


「……宇宙人にはそんな条約は関係ないだろ。それにその時代にはそんな条約は存在しない」


「大体、何でその宇宙人とやらが自ら宇宙船とかスペースプレーンに直接搭乗しているんだ? そんなのロボットなりAIとかに任せりゃいいじゃねぇか」


「これはそういう設定なんだよ。そうしなきゃ話が面白くないからそうしてるんだ。そこは気にしなくていい」


「なんにせよ人間に危害を加えるのはマズイだろ」


「だから! こいつらは宇宙人なの! そんな法律とか規則は関係ないの!」


 とまあ、アサシモが護衛に付いてから俺が執務室で作業をしている間、適当な映画を見せては感想を聞いているのだがこんな感じのやり取りがずっと続いていた。これでもまだ最初のころからは幾分まともになってきているのである。


 最初はもっと酷かった――


「マスター。

 木星を爆発させてブラックホールに当てる事で軌道を変えるって言ってるがそんなの22世紀どころか23世紀でも物理的に実現不可能だぞ」


「その映画の中では可能なんだよ。仮定としてそういう事が可能な技術を持っている空想の中の22世紀の話だ」


「それにこの男女はなんで宇宙に浮かんで性行為してるんだ。それにガスを使用してトリップしているみてぇだがそんな幻覚作用を伴う薬品を使うのは禁止されているだろ」


「だから、この映画の想像上の22世紀では普通の事だし問題無いの。そこは気にしなくていいから。

 …………ところで23世紀にはそういったのは無いのか?」


「あるわけねぇじゃん。こんなバカげたの」


「…………」


「で、このコンピュータの表面が電球でピカピカ明滅しているのは何の意味があるんだ。それに入力インターフェースがテンキーしかないにもかかわらず、色々と複雑そうな作業をしているようだがいったい彼らはなんの操作しているんだ」


「やめろ! 正論で殴るのは!

 当時の人も色々と一生懸命に想像力を働かせた結果、頑張ってそういう絵面になってるんだよ!

 そもそも、これに宇宙人とか出てこねぇ……って出てるな……居なくても話に関係なさそうなどうでもいいのが。

 ともかく! これから学ぶもんはなにもねぇよ!  他のにしろ! 他のヤツに!」


「しょうがねぇなぁ……じゃあ、次はこの殺人トマトが出るって映画にするか……」


「……待て。

 お前、何のリスト見て映画を選んでるんだ……って『伝説のレトロD級カルト映画集』じゃねぇよ!」


 とまあ、最初は適当に指示して任せてたらろくでもない感じだったので現在は俺が選んだ映画を見せているわけだが未だ反応は芳しくない。


 そもそも何故、こんな事しているかというと先の会議で発覚した問題について解決する策を模索する為であった。その問題とは彼女らAIがAWI――すなわちこの異世界の住人に対して非常に冷淡であるという事である。


 あの会議の後、改めてAI達が異世界の住人達に容赦ないのは何故かと考えて分かったのはその理由がAWIが人間ではないという事であった。AIがカスミとマミヤしか居なかった時は気付かなかったが、他の面々に聴取した結果、先の二人だけでなく全員がこの世界の生物全般に対して道端の石のように単なるモノとしか認識していない事が発覚したのだ。


 人間社会においてAI達の行動原理の根本にあるのは人間への奉仕と法の順守である。当たり前だが太陽系には地球人類とその庇護下にある地球の生物しか存在せず、法律もまたそれらを対象に定められている。

 よって地球人類はおろか地球の生物も存在しないこの異世界においてはAI達の行動原理は目的を失って機能せず、先の会議のような極端な結果が生み出されたのであった。


 AI達が人間に献身的に奉仕するのは決して愛情とか優しさなどでは無く、初めからそう使命として定められているからである。今回のAWI調査において彼女らAIがこの世界の者達と直接接触する必要がある前提において従前の行動原理が機能しない以上、早急にそれに代わる新たな価値観を獲得しなければならないのだ。


 俺はこの異世界を支配する気などさらさら無いが、少なくともこの艦の中においては一定の秩序を保ちたいと考えていた。理由は表面上はAWI調査を円滑に行うためとしていたが本音は強盗やら殺人(殺AWI?)が自分の目の届く範囲で行われるのが不快だからだ。


 当面の対処として俺は艦内とその周辺においてはAWIとその他の動植物についてはこの艦の最高責任者権限において太陽系連合と同じ法律に()()()()()とすると定めてAIにもそう対応するよう命令した。

 『準じた対応』というのはあくまで暫定的なものであって同義ではない。なぜならばここは太陽系でもなく彼らは人間で無い以上、それと同じ基準で対応するのは不可能だからだ。

 そもそもこの世界での倫理基準が俺のいた時代や23世紀とは大幅に異なり地球で言うと中世程度の基準である。さらに言えばここは周辺の勢力圏外であるのでこの世界の法律すら及ばない無法地帯である。

 犯罪による罪の重みは時代・地域によって大きく異なる。例えば戦国時代では戦の後で農民による落ち武者狩りという名の殺人が横行していたが、権力者の都合で田畑を荒らされて略奪され、さらには婦女子まで暴行される人々に俺のいた現代の価値観でその罪を問うのは厳しいだろう。また、西部開拓時代のアメリカでは馬泥棒は縛り首であったりした。


 その様な訳でこの艦内のAWIが太陽系連合の法律に違反した場合の対処は太陽系連合の法で定められた処罰ではなく、この世界の価値観や倫理基準を考慮してその状況に応じたものを行うよう判断しなければならない。

 しかし、AI達がAWIに対して生かすか殺すかの二択しか判断できず、俺にいちいちそれらの判断を求めるとなると今後の艦内の治安維持も含めてAWIへの対応は遅々として進まないであろう。


 なのでAI達がAWIにその状況に応じて適切な処置を自主的に判断するための新たな価値基準を彼女らに教育しなければならないのだがこれが困難を極めた。


 俺はその価値基準としてAI達がAWIに対してある程度の親しみとか優しさなどを持ってくれれば良いと思ったのだが、そもそも『優しさ』などというものはいったい何処からきているのであろうか?

 確かに人間の学校教育では道徳の授業などでわざわざ教科書を読んで人としての倫理を教えてはいるが、その様なもので簡単に情操教育が済むのであれば世に争いや犯罪は存在しないのである。

 でなければそれらは親子や友人などの人間同士の関わりなどで獲得しているのであろうが、今ここに居る人間は俺だけであるのでそれは難しいだろう。

 そこで次に思いついたのは本や映画などの物語からそれらを学ばせるというものであった。その中に登場する英雄だの正義の味方というものは勇敢で弱者に優しい本来あるべき正しい人間の姿が描写されているはずなのである。


 という訳で彼女らがそれらを見れば他者に対する哀れみや優しさなどを学ぶことが出来るのではないかと思ったのだが……。

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