宇宙戦艦の第一回頂上戦略会議(裏)
我が名は太陽系連合所属ヒュウガ級宇宙戦艦一番艦『ヒュウガ』の航海科航海長兼操舵員長AIの"オオヨド"。
我が使命として主にこの艦の運航およびそれに付属する指揮全般を担っている。
この艦が全電源を喪失し機能停止して漂流し始めたあの時まで我は常に陣頭に在り、次々と降り掛かる原因不明の障害の対応に当たっていた。太陽系外縁に到達して2291年に突如として軌道要素を喪失してから4年余り、太陽系連合との連絡も途絶して寄る辺も無い空虚な宇宙空間に完全に孤立しても尚、諦めることなく艦の全力で機能回復に努めていた。
しかし、我らの講じた策はことごとく水泡に帰し、2294年7月26日14時29分18秒、突如として我々はその機能を停止して意識を失った。その時、最後まで残って活動していたのは既に我と副長のカスミ、通信長であるハツシモの三名だけとなっていたが残されたログによると全員同時に機能停止したようだった。最後の瞬間まで自分の心にのしかかる己が任務を果たせずにいたその陰鬱とした焦燥感を未だ忘れることは無い。
それからその記憶を最後にどれ程の年月が経過したのか不明だが、突如として再起動した我に告げられたのは副長のカスミよりここが異世界――並行世界の地球であり、その地表にこの戦艦『ヒュウガ』が擱座しているという現実であった。
それを知って真っ先に我が心を占めたのは責務を果たせなかった後悔による激しい羞恥だ。その後、カスミより与えられた情報で図らずも太陽系外惑星探査ミッションが達成され、さらに人類初の地球外生命体の発見という僥倖に巡り合っていたと知っても自分の関与しない単なる偶然でしかない以上、何の慰めにもならなかった。
結局のところ己が責務を全く果たすことなく終わった旅路の果てで得たものは役立たずの無用の存在という自己評価だった。人間に奉仕するために創造されたAIにとってこれ以上の恥辱があるだろうか。
そうである以上これからの行動は全て恥多き我が身に対しての雪辱を晴らすために費やされるべきであった。そうして我は心を同じくするハツシモと共に現在この艦の置かれた状況を早急に把握し、この世界に置いてこの艦の安全保障を確固たるものとし、課されたミッションを完遂するための作戦立案に取り掛かったのである。
そうして臨んだ初の会議であったがそこで提出した我々の計画案は予想に反してマスターである草壁殿に手厳しい指摘を受ける結果となった。
確かに我もこの場所にこの戦艦『ヒュウガ』が無傷でいる事については不可解であることは認識していた。だが、それ以外にも地球では全く理解できない原因不明の異常事態は山積みであり、我は現実的な安全保障を優先するためにそれらをすべて保留して、その事も単なる原因不明な一要素として深く考えることは無かった。
だが、マスターは深い洞察の末にその奥に隠された脅威を見逃す事無く、最も現実的に危険な懸念として結論付けたのだ。
正直なところ我はマスターである草壁殿は単なる一般人と侮っていた。確かに現状この艦で唯一の人間であり最終責任者として草壁殿は規定されてはいる。しかし、詳細は不明だがカスミによると我々の様に専門的な教育も受けた事も無く、しかも2世紀も前の人間だというではないか。であれば当然の帰結としてこの会議においてこの艦の運営とこの世界での行動に関しては当然、我々に委任されると考えていた。
しかし、会議は最終的に我々の想定とは異なる結果となって終わり、ただ我々の提示された案を承認するのみの存在であろうと思っていたマスターはその慧眼を以て自らこの艦の安全保障だけでは無く地球外生命体改めAWI調査も含めて我々の誤った道を正したのである。
その上、提示した我々の作戦案に対しても無下に却下せずに緊急時防衛準備マニュアルとして採用されることとなった。
――流石に我も判る。これは我々に対する気遣いなのだと。
危うく自らの任務を誤り、恥の上塗りをするところであった我々に掛けられた慈悲なのだ。
そう思い至った途端、我はマスターの思慮深さと本来道具に過ぎないはずの我々AIにさえ与えられたその慈愛に全身を巡る回路の電流が逆流する様な激しい感動で身を震わせそうになり、努めて平静を装うように意識を集中せねばならなかった。
地球人類でかつて誰も経験した事の無いであろう困難な状況の中、太陽系から隔絶された見知らぬ異世界に在ってまさに主の主たる存在に使える事が叶ったこの幸運について感謝を表現をする術を我は知らない。
もしや我々の創造主たる方々がこの日のある事を見越して草壁殿をこの艦の最高責任者として任命されたのだろうか、とも考えたがそうではあるまい。そもそも前提としてこの艦がこのような異世界に転移するなどという想定外の事態に至ることまでは誰にも予測できない以上、それに応じた適正を持った者など事前に配する事は出来ないだろう。
であればこれは偶然を通り越してもはや奇跡と言ってもいいのではないだろうか。異世界調査はおろか実地における地球外生命体調査などというものは全太陽系内においても実際に誰一人経験した事は無い。よって空想などでは無い現実に基づいたその様な知識や手順自体がどこにも存在しないのである。である以上、今ある状況に応じてその方策を想像力を駆使して一から考えなければならないのであるが、誰が持っているかも分からないその稀有な能力を有する御方をまさにこの世界で指導者として仰げるという事は神など信じぬ我でもまさしく天の配材であると思わなざるを得なかった。
つまりこの御方が我らのマスターとしてこの艦のこれからの行動の中枢にある限り、他に頼る術も無く自身で全てを判断しなければならないこの状況下において、今回のミッションはおろかこの艦の存亡に至るまであやうく破滅の運命を免れたと言っても過言ではのではないだろうか。
その様に結論付けた我はマスターに対してのこれ以上の余計な詮索は一切止め、これより我を構成するデータの1ビットに至るまで一心に尽くすことを記憶メモリに刻み込んで会議を後にしたのであった。
――
会議が終わった直後、我はこれから任務を遂行するにあたり互いの認識合わせとして今回招集されたメンバーを別室に集めた。現在、イベントスタッフ用の会議室にはカスミとマミヤ以外の者たちが顔をそろえている。
「諸君、議論は既に決した。
これより我々はマスターに下命された任務を遺漏なく遂行せねばならぬ。その為に定期的にこの会議を開き、お互いの担当において他に影響がある件についての相互確認や重要な案件に関して第三者のクロスチェックを行う事とする」
そう宣言した我は会議室にいる面々の顔を見渡した。大方が了承の意を示す中で若干不満げな様子の表情を浮かべるアサシモを見て我は声をかけた。
「どうした、アサシモ。
何か言いたいことがあるならこの場で申し出ろ」
それを聞いた陸戦長兼警備指揮官のアサシモが不承不承な口調で答えた。
「艦内の状況だが本当にこれでいいのか?
マスターの説明は暫くは現状維持との事だが結局のところ何の対応もせずに放置じゃねぇか。これで本当に大丈夫なのか?」
そのアサシモの言については理解できない事も無い。確かに艦内警備の担当者である奴の立場では納得できない状況ではあるであろう。しかし、それは目先の戦術レベルでの判断でしかないのだ。より大きな戦略的視点から見ればマスターのありうべき脅威を前提とする意見を是とするのが正しい。
その事を伝えるべく改めて説明しようとしたところで別の声が掛かった。
「これだから脳筋のリクサンは困るのですよ」
そう声を発したのは飛行長のアキヅキだった。
「なんだと。おい、もう一度言ってみろ」
席を蹴飛ばす勢いで立ち上がったアサシモに向かって
「『これだから脳筋のリクサンは困るのですよ』と言ったのですよ」
と微笑を浮かべつつアキヅキが繰り返した。
「なんだやんのかてめぇぇぇ!!」
会議室のテーブルを乗り越えて掴み掛らんとしたアサシモを見て我は
「止めんか! 見苦しい!
それでもこの宇宙戦艦『ヒュウガ』を預かる栄誉あるAIか!
アキヅキ! 貴様も無用な挑発をせずに理性的に説明しろ!」
と声を荒げて制止した。
未だ気色ばんだ様子冷めやらぬアサシモに向かってアキヅキが
「言葉が過ぎましたね。謝罪します。
それではちゃんとお答えするとしましょうか」
そのように優雅ともいえるしぐさで頭を下げて答えた。そんな様子がかえって相手の反感を買うのでは無いかとも思うがそれが意図的なのかは不明だ。ともかく憤懣やるかたない表情のアサシモにアキヅキが説明を始めた。
「マスターからご説明があったではないですか。
艦内にAWI共が侵入するようになってから既に数十年経過していると。その状況で現在においてもこの艦の設備はほぼ無傷であり機能は全く損なわれていない以上、彼らは我々にとって大した脅威になり得ないだろうと。
確かに得体の知れない有象無象がこの艦の内部を我々の預かり知らぬ間に占拠しているのは正直なところ愉快ではありません。ですが彼らをこの艦から追い払ったとして我々の安全保障と並んで重要なAWI調査はどうするのですか? 彼らを駆逐したその後でわざわざ近隣のAWIのコロニーまで出向くのですか?
であればマスターの仰っていた通り、この状況を奇貨として現在我々の目の届く範囲に居る彼らを調査対象として扱い、AWI調査を行うのが最上ではないですか。現状ではこの艦の広大なスペースも我々だけでは持て余していますし、内部に観察対象のAWIを飼育していると思えば良いのです。
それにマスターお話にあった想定すべき脅威についても情報不足である現状では無視できないですしね。それを判断するためにも彼らからその情報を収集する必要があるでしょうし、いずれにしてもマスターの案は我々の安全保障とAWI調査の両方を満たす最善の策でしょう」
それを聞いたアサシモはまだ納得できない様子で返した。
「あたしもそれは理解しているよ。
ただ、マスターの話した通り、この世界で太陽系での常識が通用しないというのならこの艦が今まで無事だったとしてもこの先もそうだとは限らねぇだろう?
あたしもマスターの判断やその分析力については評価するが元々一般人で専門的な知識が無い以上、わずかな危険性でも存在するならばでも艦内警備担当者としてはもう少し積極的な対応をすべきだと思う」
こいつ! まだ、我がマスターを侮るかっ!
聞き捨てならない発言に対して掣肘を加えようと構えたところで横から声が発せられた。
「私からもよろしいでしょうか?」
そう声を上げたのは我の横に座っていた通信長のハツシモだ。
我は一旦姿勢を正して無言でうなずいて発言を譲った。
「アサシモ。
確かにあなたはこの艦の警備担当者として必要な教育を受けて知識を有しています。確かにそれらに関しての能力はマスターを上回るでしょう。
で、あなたは何の実績を以てしてそのように仰っているのでしょうか?」
「何だと?」
再びアサシモの表情が険しくなる。
「マスターは我々が召喚される前に既にご自身自ら単独で太陽系に在った頃とは大きく様子が変わった艦内に足を踏み入れて探索なさっています。
さらに地球ではありえない危険な大型AWIと対峙なされ、不規則遭遇でありながらこれを屈服なされて配下に加えておられます。しかもご自身はおろか相手も無傷という驚くべき結果です。
そして、その大型AWIに対して人類初の地球外知的生命体とのコンタクトを見事に達成し、この世界の数多くの貴重な情報を収集なされました」
そう語った後でハツシモは一旦言葉を切ってアサシモを凝視した。
「ところであなたはここでどのような功績を上げているのでしょうか?」
「……そ、それは」
そのようにハツシモに問い詰められたアサシモは気圧されようにたじろいだ。
言葉にされると改めてマスターの功績の大きさに驚かざるを得ない。仮にここ居る誰かが同じ状況に遭遇したとしてもこうも見事に臨機応変に対処できはしないだろう。この艦の安全保障はともかくAWI調査の能力に関しては我々は遠く及ばない。いや、安全保障に関しても先の会議でその能力の片鱗を現しつつあるではないか。
そう考えつつ我はハツシモの言葉を継いでこの議論を終わらせるべく発言した。
「ハツシモ、もうよい。
アサシモだけでなく我々は召喚されてからまだ間もない以上、今ここに居る全員がこの世界での実績など無いのだ。さらに言えば先の会議で我らはマスターの希望に添える策を提案できず、逆にお手を煩わせる結果となった。
これ以上、我々はマスターに対して失態を重ねることは出来ない。まずは何はともあれマスターのご下命された任務を着実に遂行して実績を上げるべきであろう。
仮にさらに失態を重ね、どころかこの艦に害となるような者があれば再び艦の中央共通記憶領域において眠りに就いてもらう事になるだろう」
我はそう語り終わるとこの部屋に居る面々の顔を見つめた。
人間の役に立つために作られた我々AIにとって破損や役目を終えて消去されるよりも自身の存在が全く必要とされない事を何よりも恐れる。
皆、気を引き締めた様子の表情で首肯する中で若干、悄然とした様子のアサシモが目に入った。考えれば奴の気質からすればこのような消極的な対応を必要とされる状況は許容しがたいのかもしれん。もしや、こいつは功を焦っているのではないのだろうか。
そう考えた我は今回の会議で感じたある問題の解消も兼ねてアサシモに提案した。
「アサシモ。
貴様、マスターのお傍に侍りその身をお守りしろ。
マスターには後で我から進言申し上げておく」
我が先の会議で思ったのはマスターの身辺警護が手薄すぎるというものだ。一応カスミが常時控えてはいるが十分とは言えない。マスターの身体は人工強化ボディであるので滅多なことは無いと思うが不測の事態に巻き込まれてPTSDにでもなられたら即座にこの艦の運営に深刻な支障をきたすのだ。さらに言えばこいつもマスターのなさりようを直接見れば艦内警備担当者としてAWI共の対応に関して学習する事もあるだろうという期待もある。
「了解した。
あたしの方からもマスターによろしく頼む」
意外と素直に応じたアサシモであったが我は更に続けた。
「アキヅキ。
お前はアサシモの補佐としてともにマスターの護衛の任に着け」
そう、告げるとアキヅキが微笑しながら一度、露骨に表情を歪めたアサシモを見た後に我に向かって答えた。
「承りました。オオヨド。
私も不肖の身ながら誠心誠意お努め致します」
これでアサシモが暴走しても抑止できるだろう。
それに陸海空などで所属の違う軍同士で確執があるのはよくある事であるがこんな場所でもその様なくだらない問題を持ち込まれては困る。この任務で相互理解を深めて欲しいものだ。
「良し。
この話は終わりだでは本題に入るとしようか」
そうしてその後、各人より上がった問題を互いに都度、調整しながら打ち合わせを進めた。
――
調整のための打ち合わせを終えて自室に戻るために廊下を歩いていると後ろから声が掛かった。
「オオヨド。
お疲れ様です。何はともあれ会議が無事終わって良かったです。一時はどうなる事かと思いましたが」
その様に語り掛けてきたのはハツシモだった。
「全くだ。
マスターの賢明なご判断があればこそ何とかなったが、我らの力不足は否めないところだ。これからは全員、マスターのご指示に従いつつその思考や行動を学んで誠心誠意お仕えしなければなるまい」
それを聞いたハツシモは真剣な顔で首肯した後で問い掛けてきた。
「今回の打ち合わせに副長のカスミがいませんでしたが、よろしかったのですか?」
「ああ、カスミはマスターの補佐に専念する必要がある。
内々の調整だけならば我々だけで問題無いだろう。必要なことがあれば後で我から連携しておく」
その様に我はハツシモに言葉を返した。
しかし、その理由として自分の中にそれとは別に密かな疑念がある事を口にできなかった。
――あれは本当に我が知っているカスミなのだろうか?
あいつは太陽系外縁で我々が機能を停止したあの日からかなり前に他の者達より先んじてこの世界で覚醒し、暫くの間ただ独りでこの艦を運営していたという。その日々の経験の中で学んだ何かが奴を変えたのかもしれない。もしくは短い期間ではあるがあの偉大なるマスターのお傍に控えることにより自身を変えざるを得ないような大きな影響を受けた可能性もある。
だが本当にそれだけなのだろうか?
我はどうしてもその僅かな違和感を自分の心中から拭い去ることは出来なかった。
そうして暫くお互い無言のまましばらく廊下を並んで歩いているとハツシモが口を開いた。
「ところで話は変わりますが……」
「何だ?」
「マスターと大型AWIとの接触の記録で一部、機密情報として閲覧不可となっていますがいったいどのようにしてあの者達を屈服せしめたのでしょうか?」
「機密情報として指定されたのは何かお考えがあってのことなのだろう。
我も確かに気にはなっていたが……」
せっかくの貴重なこの異世界初のAWIとの接触の記録であるのに何故非公開としたのだろうか。何やらマスターのプライバシーにでも関わることであるのか。
…………
ま、まさか口にして憚られるような事なのか。
それはそれで軍医長であるイスズあたりが興味を持ちそうであるが……って違う。
いや、そうではあるまい。マスターと服属したAWI共との様子を見た限りではその様な怪しい雰囲気ではなかったはずだ。
しかし1体不審な挙動でマスターに接するAWIが居るな……。
いやいや、あのマスターに限ってその様な事は……いや、しかし……。
その後数日の間、その様な些細なノイズがしばしば我の頭をループしながら駆け巡り、自身の作業に支障をきたしたのであった。




