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異世界宇宙戦艦の大家さん  作者: 井上尭彦
戦闘詳報第三号 異界接触編
54/64

宇宙戦艦の紙虚構

宇宙戦艦の集団面接の直前の話です。

 あたしは太陽系連合所属ヒュウガ級宇宙戦艦一番艦『ヒュウガ』の陸戦科陸戦長兼警備指揮官AIの"アサシモ"。

 再びこの世界で目覚める前はこの艦の陸戦隊指揮及び艦内警備を担当していた。


 この艦が太陽系外惑星探査へ出立して木星以上に過酷で生命を拒絶する太陽系外縁に出ると人間はおろか微生物の存在すら認められなくなり、直接艦内部に侵入して危害を加えるような脅威が絶えた結果、あたしは用済みとなり他の多くのAI同様に恐らく二度と目覚めることは無いであろう長い眠りに就いた。


 しかしその予想に反して見知らぬ世界で再起動される事態となって副長のカスミから与えられた情報を確認したあたしが最初に感じたのは困惑だった。艦内の状況は以前と一変して多数の正体不明の知的生命体や地球に存在しない生物が不法占拠している有様となっていた。艦内警備の責任者であるあたしは改めて自身の課せられた責務を思い出し、この事態を解消する作戦を立てる準備に取り掛かった。


 そうしてこの世界に至ってからの艦内モニター記録や艦内の各種センサーなどのログから収集した情報を基に対応策を講じている途中で副長のカスミより戦艦『ヒュウガ』を統括する最終意思決定機構である草壁(くさかべ)殿に顔合わせするとの連絡が入った。あたしは一旦作業を中断してこの艦の最高責任者に拝謁するにふさわしい自分の正装に着替えて部屋の外に出る。

 転送装置を使えば即座に指定された執務室へ行けるが、久しぶり動かした自分の身体の状況をチェックするのと多少でも現在の艦内の様子を直に自分の目で確認するために自らの足で歩いて執務室へ赴くことにした。


 強化ボディを与えられたAIの待機ルームある階層から徒歩で執務室のある拠点へ行くには艦内エレベータを使う必要がある。木星出立前と打って変わって人気の途絶えた廊下を何か異常が無いか確認しつつ、独りでエレベータホールに向かっていると不意に後ろから声がかかった。


「やあ、そこにいるのはアサシモではないですか」


 あたしは声の主に向かって振り返って答える。


「アキヅキか……お前も今回の任務に召集されたのか」


「ああ、カスミから与えられた情報を再度確認して虚偽でない事を確信しても尚、今の状況を信じられませんが微才ながらもお役目を頂き嬉しい限りです」


 そう如才なく答えたのは飛行科飛行長兼飛行部隊指揮官であるアキヅキだった。


 あたしは陸戦科で彼女は飛行科。体格も全体的に大ぶりな自分とは正反対で細身で優雅ですらある。太陽系にあった時分でも周りの教官たちは揶揄してあたしたちを事あるごとに比較して対抗するように煽り立てたものだ。あたしが教官にしごかれて100Kgの装備を背負って泥にまみれて50キロ行軍訓練しているのに対して、彼女は何時も宇宙を飛び回り宇宙艇(スペースプレーン)を優雅に操縦していた。そのような環境でいつしかあたしたちは互いに微妙な距離を置いて接していた。


「これからマスターの執務室へ向かうのですか?」


「ああ、そうだ。お前もか?」


「そうです。宜しければ一緒に向かいましょう」


「ああ」


 そうして二人並んでエレベータホールへ歩き出した。

 この艦の現状について与えられた情報は同じだし互いに自分の専門外の任務に口を出す事も無いあたしたちは暫くの間無言で廊下を歩き続ける。


 間を置かずしてエレベーターホールに到達すると操作パネルの上層階に向かうボタンを押してエレベーターが来るのを待つ。身体を得て会話することも永らくなかったあたしは自分の発声機能の確認するために自身の記憶領域を検索して当たり障りのない情報を見つけるとアキヅキに語り掛けた。


「ホノルルを覚えてるか? 宣伝科の艦内イベントを担当していて『ビッグ・ザ・相撲』て呼ばれてた」


「ああ、あのやや体重過多気味な肢体豊かな方のことですか」


「そんなまだるっこしい表現する位ならいっその事デブって言えよ。あたしは軍娘(ぐんむす)仲間をデブとは呼ばない。多少フォルムに問題があるかもしれないがサモアタイプの強化ボディじゃ仕方ないだろ」


「今、デブって言ったのはキミの方じゃないか……。まあいい、顔は判ります。彼女がどうしたのですか?」


「センダイが半殺しにしたんだとさ。半殺しにした原因はセンダイの妹分らしい。みんなそう言っていた」


「そんな情報は艦内のログに残っていませんでしたが……」


「そんなもん残してもあたしたちの恥にしかならないからな。些細なトラブルなんか共有記憶領域の無駄だから残さないさ」


 そうこうしている内に艦内エレベータが到着してドアが開き二人で乗り込んだ。アキヅキが目的のフロアのボタンを押すとエレベータが上昇を始め、お決まりのように二人して上部にある階数表示のインジケーターを見つめる。暫しの沈黙の後に今度はアキヅキの方から話しかけてきた。


「で、何をしたのですか? 口に出して憚られるような行為に及びでもしましたか?」


「いやいやいや。そんなことはしていない」


「じゃあ、一体何をしたんですか?」


「センダイの妹分……ジンツウの足を揉んだんだ」


「足を揉んだ?……それだけですか?」


「ああ」


「……でセンダイは何をしたのですか?」


「直接自分でホノルルの所まで行って部屋から引きずり出した後に26層の艦外バルコニーから放り投げた。26層から真っ逆さまだ。バルコニーの下に来客用の天井がガラス張りの喫煙所があってそのガラスを突き破った。可哀そうに強化ボディの言語機能に障害をきたしたらしい」


「災難でしたね」


「ああ」


 そんなたわいもない話をしているうちにエレベータが目的の階に到着して扉が開いた。外に出ると目的の集合場所に向かってスタッフ待機用の廊下を二人並んで歩く。ここも以前とは異なり人気が絶えて目に入るのは無機質な壁と床だけだ。出立前のイベントでは大勢の人間やAI達と共にこの艦を運用し、ここも大勢のスタッフが行き来していたがあの頃の様子は自分の記憶メモリの中だけのものとなってしまった。カスミの報告の通り、ここはまだ外部の植物の侵食も無く当時の面影を残しているという事だけがせめてもの慰めだろうか。

 歩きながらそんなことを考えていると隣のアキヅキが再び口を開いた。


「でもまあ、火遊びはヤケドの元と言いますしね」


「なんだそりゃ?」


「センダイの妹分に足のマッサージはするなという事ですよ」


「センダイの方がおかしいだろ?」


「ホノルルはそこまでやられるとは思ってなかったでしょうが私に言わせれば……」


「何だ?」


「それは彼女が甘いのですよ」


「たかが足のマッサージだろ? あたしだって気が向けば教官の足ぐらい揉むぞ」


「とにかくセンダイの可愛い妹分を自分の手で触ったのですよ。まあ、メンテナンス(スロット)を舐めまくったというよりは軽いですが……でも結局似たようなものでしょう?」


「おいおいおいちょっと待てよ。アソコを舐めるのと足を揉むのとじゃエライ違いだぜ」


「いや、根本は同じようなものでしょう?」


 あたしは立ち止まってアキヅキの顔を見る。


「どこが同じだ。全然違うだろ。

 いいか、お前の足の揉み方が過激なのか知らないが妹分の足に触るのと一番大事なところにベロ突っ込むのとじゃエライ違いだ。やってる事のレベルが違う。根本から違う。足を揉むことくらいどうってことねぇ」


「足を揉んだことはあるのですか?」


「ふっ。ふふふ、言ってくれるじゃねえか。足のマッサージならあたしはプロ並みだ」


「誰かにしょっちゅうやるのですか?」


「ああ、上手いもんだぜ。教練を通じて人間のツボを心得てるし教官達から最高だって言われた」


「相手が軍娘でも足揉みますか?」


 ……


 ……


「……バカタレ」


 会話を打ち切ってアキヅキを置いて廊下を進むと後ろから揶揄するような声が聞こえた。


「しょっちゅうやってるのでしょう?」


「うるせえよ」


「何かくたびれましたね。足揉んでくれませんか?」


「おいおいおいおいおい、いい加減にしろ。ムカついてきたぞ、あたしは」


 そんなやり取りをしている間に副長のカスミに集合場所に指示された部屋に到着した。


「この部屋だな」


「ここですか」


 ここで間違いないはずだが周囲にも部屋の中にも他の者の姿は無い。どうやら我々が最初に到着したようだが時間を確認するとまだ指定された時刻まで余裕があった。


「集合時間までには早すぎるな……こっちで少し待つか」


 時間前集合は作戦の基本である。しかし、艦内警備の責任者であり今回の任務で主導的な立場となろう自分がまるでルーキーのように先走っている様に見られればその(かなえ)の軽重を問われかねない。そう考えたあたしは一旦この場を離れることにした。


 二人で場所を移して隣接する部屋に待機するとあたしはアキヅキに向かって言った。


「いいかおい、あたしが軍娘の足を揉まないからってセンダイがホノルルをバルコニーから突き落としていいって事にはなんねぇんだよ。それであいつはまともに喋れなくなっちまったんだぞ。あたしならそんなことされたら黙ってねぇ。寝たきりにでもならない限りヤツをぶっ壊しに行く」


 そう矢継ぎ早に話すとアキヅキが答える。


「私だって良いとはいっていませんよ。

 ただ、足のマッサージぐらい何でも無いって言っているのなら違う、そう言ってるのですよ。

 私も大勢の軍娘の胸を揉みましたけど胸を揉んで何もなかったかと言えばそれは違います。お互い何もないような顔をしていますけど本当はあるのです。だからまずいのですよ。あれは感じる物があるのです。口に出しては言いませんが本当はかなり感じます。センダイはそれを知ってるのです。ホノルルもそれを理解してしかるべきなのですよ。

 相手はセンダイの妹分ですよ、センダイが笑って済ますと思いますか? 私が言ってること解るでしょう?」


「……おい今、胸って言ったか?」


「ええ、それが何か?」


 ……


 ……


「お前こそバルコニーから突き落されるべきだ」


 そう言ったアキヅキは無言でにっこりと笑顔を浮かべて微笑みながらあたしの胸を見つめた。

 太陽系に居た時分にどうもアキヅキと他の軍娘との間に微妙な雰囲気が流れていると思っていたが気のせいでは無かったか……。自分の要警戒対象リストに目の前の同僚を加えてどう対処するかを考えていると間もなく指定された集合時間になるところだった。


「もうこの話は終わりだ。行くぞ」


 そう、アキヅキに声をかけるとあたしは新たな任務に向かうべく集合場所に歩みを進めた。




 ――後日。


 カスミ「マスター。両名についてご指定の衣装への換装が完了しました。いかがでしょうか?」

 草壁「……マヌケ、間抜けコンビだ」

 アサシモ「HAHAHA、アンタが指定した格好だろうが」

 アキヅキ「私は結構気に入っていますが」

 アサシモ「オメェはしれっと受け入れてんじゃねぇ!」

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