宇宙戦艦の戦争と平和
いよいよ地球外知的生命体調査組織の初めての会議も終盤に差し掛かり、現在はその栄えあるトップランナーがスタジアムの観客の歓声を一身に受けてトラックを周回中である。この打ち合わせで大まかな方向性が定まった後、今は眼前のAI達が各々俺の知らない法律や技術的な専門用語を交えて詳細を詰めている最中であった。
――やはり何がおかしい。
遥か地球を離れても尚、健気にその義務を忠実に果たそうとする彼女らの姿にその創造主と同じく地球人類である俺は称賛と罪悪感を抱きながら、事ここに至るまでに蓄積した漠然とした不吉な違和感を拭い去ることが出来なかった。
23世紀にあっても人類社会はその内実は別にして建前としては調和と弱者への救済を旨として安易な暴力に頼る事無く戦争を遠ざけて平和への均衡を保っていたはずである。にも関わらず召喚した彼女らが俺の想定をはるかに超えてよもやここまで容赦なく果断な結論を導き出すとは思わなかった。
繰り返し述べるがこの宇宙戦艦の過剰な兵装は戦争に使用する為ではない。そしてその名目上は外宇宙を安全に航行するためとあるが俺はその根本は別にあると感じていた。確かに素粒子合成技術を基盤とした食料・物資の大量生産は人類にこれまでない発展と平和をもたらし、僅かばかりの諍いを除けば概ねその安寧を等しく謳歌してそれを脅かす戦争を厳に戒めていはいる。
しかし、だ。そうして到来した平和が本当に人々が心より希求したものであったのであろうか? 店の棚には物が絶えることなく、星間を飛ぶ通信には歌舞音曲の娯楽が溢れ、そのネットワークに新旧の数多くの信仰の元に検索タグを付けられてご丁寧にもユーザレビューも充実した様々な神の御名を讃えて救済を求める声が絶えなくとも、時にそれが煩わしさを伴う退屈感を覚えるのは何故なのか? 遥か未来に至っても新たに生み出される物語や映画の題材として未だ戦争が大きな位置を占めるのはその禁断の聖域に踏み入れる事が叶わぬ嫉妬にも似た苛立ちゆえではないだろうか?
俺はこの常軌を逸した破壊力を誇る戦艦『ヒュウガ』の存在自体がその何人も逃れられない人間の歪んだ憧憬の結晶として生み出されたのではないかという疑念を抱かずにはいられないのである。
その様な存在が元の世界で人の身であっては無限とも思える空虚な宇宙空間を航行している間はそれでも良かったのかもしれない。しかし、その恐るべき破壊が無関係な異世界の無辜の民の上に謂れも無く降りかかろうとしている現実を目の当たりにしている今、ここで唯一無二の地球人類である俺は業腹ではあるがこの艦の創造主共の企図した通りその行為を看過する事は出来ないのだ。
ともかくも今、心中に横たわる違和感についてだ。俺は直感的にそれがこの状況の原因だと感じていた。この感じはつい最近にも抱いた覚えがあるはずだ……。それは何時か……?
そうだ思い出した、あれだ。
あれは俺が初めての艦内調査に赴こうとした際、カスミにこの世界の危険生物に遭遇した場合の対処について尋ねたその返答が『当該区画を閉鎖し炭酸ガスを充満させる』であったあの時だ。
そう思い至った俺は即座に背後でこの会議中未だに言葉を発せずに佇むカスミにプライベート通信を飛ばした。
<カスミ。質問がある>
<何でしょうか? マスター>
そう応じたカスミに俺はその疑念を告げた。
<太陽系連合の法に照らし合わせるとこの世界の知的生命体達はどの様な取扱いになるんだ?>
<お答えします。マスター。
この世界のAWIは太陽系連合の法においては地球人類もしくは地球上の生物に該当しない以上、太陽系人権規約・太陽系環境保護条約・太陽系資源保護協定等のいかなる対象にも該当しません。それはAWIだけでなくこの世界の知性を持たない動植物に対しても同様となります。現在、それらは我々にとっては単なる地球に存在しない未知の有機生命体を超えるものではありません>
――ああ、やはりそうなるのか。
そうしてカスミの返答を聞いた俺はようやく理解する。
俺はこの異世界の知性を持つ住人達に対して地球人類と同等の存在であると認識していた。そしてこの部屋に居る他のAIもその思考を共有していると思い込んでいた。しかし実際には互いの見解は根本から乖離していて、その認識の齟齬が眼前の結果を生み出すこととなったのである。
では何故、俺だけがその様な認識を持つに至ったのであろうかという事についての答えは想像に難くない。
それは接してきた『文化』の差である。
地球に在っては未だ誰一人として確実に人間以外の知的生命体と接触したという記録はない。しかし、人間は永らく創作物という『文化』を通じてその状況をシミュレートしてきたのだ。そして現状においては俺が今ここにいる面々でその『文化』に唯一慣れ親しんでいる存在なのである。
高度な社会性を持つに至った人類発生のころから人は自分以外の知性を持つ存在との交流に思いをはせてきた。古代では神や悪魔、若しくは怪物や妖怪の類であり、科学技術が発達してからはそれに異星人や未来人が加わった。そして俺が地球に健在だった時分には異世界人が盛んにもてはやされていた訳である。そしてそれは遥か未来まで共有幻想として受け継がれて地球外知的生命体ミッションという形を取り、その結末として俺たちをこの世界に誘ったのである。
そしてその様な多大な労力を費やし、時に非生産的とも思えるこの行為が繰り返される根源は何であろうか? 確かにそれらの創作物には人に対して悪意のある者や存在を脅かす者が少なからず登場する。だが、それ以上にその中には人に対して対話を行い、手を差し伸べる者が数多く存在していたはずだ。つまりそれは地球で唯一の知的生命体の種である人間がその孤独ゆえに他者に救いを求める内なる衝動から発せられるシグナルではないだろうか。
であるならばこの様なかつてアメリカ大陸に至ったコンキスタドールの如き破壊と征服を前提とした方法では地球外知的生命体ミッションはその本来の理想に沿った姿から逸脱して失敗に終わるだろう。このまま放置してその成り行きを見るだけの傍観者に徹するという事も出来る。なぜならば俺はそんな命令に従う義理も無いしそれが一番楽だからだ。
だが、俺の指示で異世界に目覚めさせ、短い時間であっても今、共に目の前にいる彼女達が忠実にその義務を果たそうとしてみすみす失敗する様を俺は見たくなかった。その上で付け加えるならばさらに重要な別の疑念が俺にはある。
ああっ! もーチョー面倒くさいんですけどー!
自分の意に沿わない形で漂流し続けた会議ももうすぐ終わる。そこで出た結果をこれから俺一人でひっくり返して穏便な感じで着地させなければならないことを考えると不安よりも怒りが湧いてきた。しかし残された時間はもうわずかだ。止む無く俺は必死の思いでその方策を捻りだそうと足掻くのだった。
――暫くの後。
「という訳だマスター。
後ほど報告書の形で提出するが地球外知的生命体ミッションに対する我らの方針は以上となる。何か疑問はお有りか?」
そう会議を締めくくろうとしているオオヨドが俺に承認を求めてきた。
『何か疑問は』って言われても……根本から議論する為に座っている思想のテーブルが違うので何処からツッコんでいいのか判らない。
俺は一旦椅子に深く座りなおして目を閉じ、自分の考えを頭の中で整理する。今こそサラリーマン時代に培った数々の会議を煙に巻いてその結果を自分の都合の良い方向に導いた俺のはったりスキルを発揮しなければならない。そうして頭を切り替えて覚悟を決めた俺は人知れず魔王を退ける孤独な勇者としてこの事態に立ち向かうべくこの災厄ともいえる事態の打破に動くのであった。




