宇宙戦艦の神の手
「宇宙戦艦の誓い」直後の話です。
皆で一通りドーナツを堪能した結果、あれほどうず高く積まれたドーナツの山は皿を残して空になった。
俺、カスミ、マミヤの三人はその人工強化ボディの機能により必要以上のもの以外は即時に分解され艦の素粒子合成資源として還元して蓄積される。つまりどれだけ食べても太ることはもとより、気分が悪くなったり満腹になる事も無い。逆に水以外はかなりの期間摂取しなくても空腹を覚える、というか身体維持機能アラートが発生しないので長期間食事を取らないことも可能だ。
対して異世界三姉妹は不可解にもどういった仕組みなのか我々と同様に大量のドーナツを摂取しつつもまだ余裕があるようで少し物欲しげに空になった皿を見つめていた。
そんな様子を見て俺はマミヤに尋ねた。
「マミヤ、このドーナツで他のバリエーションとか作れるか?」
このプレーンなオールドファッションドーナツもいいのだが折角なのでもう少し別のものを味わいたい。某有名チェーン店のドーナツでも季節ごとに様々なフレーバーのものが売っていたのを思い出す。
「はぁい、マスター。ご希望のバリエーションがあればぁ、ご指定くださぁい」
そう、マミヤが答えたので俺は思いつくだけ食べたことが有るのも無いのも、見たことは無いがあってよさげなものまで片っ端から注文した。
それから半時ほどして我々は再度、食堂のテーブルの上に鎮座する大量のドーナツの山々を前に目にして座っていた。
今度は小麦と卵と砂糖の甘い香りだけでなく様々なフレーバーが交じり合う臭いが各自の鼻孔をくすぐっている。
オーソドックスなものはチョコレート、抹茶、キャラメルなどである。変わり種としてはストロベリー、オレンジ、メロン、ブルーベリー、洋ナシ、グレープフルーツ、桜、バニラ、マンゴーなどだ。
まだ素粒子合成による食い物に抵抗がある俺は地球にいた時分のオーガニックなんとか等という選択肢を真っ先に切り捨てた結果、これらは全てかき氷のシロップと同様に合成の着色料やら香料とか酸味料の違いで出来上がっている。
一応種類ごとに山が違うのだが見た目は全部ほぼ同じ茶色なので見ただけでは何の味なんだか分からない。
取り敢えず皆に食べる許可を出すと再び各自がドーナツの山に手を伸ばして口に入れ始めた。
俺は試しに目の前のドーナツに手を伸ばすと一口、咀嚼する。
次の瞬間に口内にオレンジ味とその香りが広がり、口にしたドーナツのオレンジ色の断面が見えた。合成特有のわざとらしいオレンジ風味ではあるがこのチープな感じが何とも言えない味わいを出していて子供のころに食べた駄菓子にも似てどことなく懐かしい想いを醸し出すのが良い。
俺は続けて他のフレーバーを味わおうと別の山にも手を伸ばす。今度は抹茶味のドーナツを口に含みながら周りを見ると他の面々も思い思いに堪能している様で、次々にドーナツに手を伸ばして口に含むという行為を繰り返していた。三姉妹とマミヤはそれらの味について評価や感想を述べあって歓談している。
傍らで無言で黙々とドーナツを食べるカスミを見て俺は説明する。
「色々な食べ物に風味がある事は栄養を摂取するという合理性だけの観点から見ると意味は無い。
しかし、こうして皆の楽しそうな顔を見るとそこに不合理な理由がある事が分かるだろう?
人間……ここではいまだ不明の知的生命体だが、それにしても生きてゆくのに合理的かだけを求めている訳じゃないんだ。
不合理でも意味不明でも本来必要でもなくても求めずにはいられないモノ。
――それが『文化』というものだ」
それ聞いたカスミは俺を目を瞬かせながら見つめてから、視線を手にしたドーナツに移して答えた。
「……はい……もっと『文化』を学習するよう努めます」
すこしためらいがちに答えたカスミに俺は言葉を返す。
「焦ることは無い。お前のペースでやれば良いんだ。
ここの勝手が分からないのは俺も同じだしな。一緒にやればなんとかなるだろう」
カスミは無言で俺を見るとそのまま黙って首肯した。
「じゃあ、もういっちょ『文化』の学習を続けようか」
そう続けてカスミに話すと次の指示をマミヤに伝える。
……
……
それから暫くの後、キッチンに立って思い思いにドーナツの生地をこねる全員の姿があった。
楽しい食事の次は調理実習である。まあ、完全に順序が逆であるが空腹問題児三匹を抱えては致し方も無い。
生地自体はマミヤに全部用意してもらったので生地を成型して油で揚げるだけと調理としてはハードルが低すぎる感もあるが参加者がほぼ初心者であるのでこれで良しとする。
しかし、たかが生地の成型といって馬鹿にはできない。パンだって中央アジアとかヨーロッパなどでそれぞれ形が異なり、その背景として文化的な意味が存在するのだ。その為、俺はあえて全員にドーナツリング状の形以外のものを作るように指示を出していた。
特に異世界の住人である彼女ら三姉妹がどんなものを作るのか興味深いものがある。
とりあえず俺は地球代表として生地を無難にプレッツェル状に成型した。
作りながらその由来について艦内ネットの情報で確認するまで俺はぼんやりドイツ発祥という事しか知識が無かった。この独特の形の起源は修道士が祈る様子であるとかキリスト教の三位一体を象徴するとか諸説あるが正確には不明だそうだ。
まあ、合理性だけで考えると本当に食料をわざわざこの形にする意味が分からない。そこが『文化』の奥深さとかなのだろうが、少なからず地球でそれに接し、カスミにご高説をのたまっている俺でも改めて本当にその意味を理解しているのか怪しいものである。
いわんやここは更に勝手の違う異世界であるからして、これからどんなものに遭遇するのか多少の不安が無いわけではないが、一方でこれから相まみえるであろう異世界文化との邂逅にどことなくポジティブな期待に胸を膨らませていた。
そんなことを想いながらふとカスミの手元を見てみると謎の三角形の物体が形成されているのが視界に入る。
一応、その中央に穴が開いている様で見た目は自動車が緊急停止するときに使う三角停止板である。彼女なりに経験が無いながらも試行錯誤した結果なのだろう。
しかし残念ながらきっかり正三角形のソレを見た感じは情緒の欠片も無く、たまに行った美術館でさも分かったような感じで鑑賞を強要させられる近代美術のようであった。60点。
次にマミヤに目をやると今度は手元に飛翔する鳳凰が見えた。
え……なにあれ。
ガチのやつじゃないですか。あまりに精工すぎて今にも羽ばたきそうな躍動感がある。とは言え過ぎたるは猶及ばざるが如しとあるように今度は凝りすぎて食用には見えない。個人のパン屋の店頭に飾られたいつから存在しているのか不明なカッチカチの装飾パンを想起させる。85点。
…………
まあ、俺を含むこの艦のメンバーは地球文化の影響下にある以上、前座のようなものであってここの本命はあくまであの異世界三姉妹である。俺はどんなものが出て来るかちょっと期待しながら彼女らに視線を向けた。
まず、リースの方を見るとその手に絡み合う五匹のヘビの姿があった。
「おお……」
思いがけずに口から感嘆の声が漏れる。
見た目は小学校高学年程度の粘土細工のようで大したことは無いが初めて直接目にする異世界の造形文化である。俺は地球のそれに特に見識があるわけでは無いがどことなく異国情緒――というか異世界情緒を感じさせる何とも言えない味わいがある。
その造形に関心を持った俺はリースに近づいて声をかけた。
「リース。その形はなんだ? 何か意味があるのか?」
それを聞いたリースは俺に視線を向けると
「主様。これは我がロカグュクニル家に古くから伝わる紋章です」
そう俺に答えた。
そして、視線を手元に戻すと俯きがちに憂いを帯びた顔で言葉を続ける。
「ここに来る6年ほど前まで私たち姉妹はここから遥か北方にあるマハールババル王国の王じょ……」
それを聞いた俺は即座にその言葉に被せるように話す。
「そうか……それはさぞかし大変だったろう。しかし、ここではそのような心配をすることは無いぞ」
「は? え? あ、あの」
話を遮られたリースは戸惑いの様子を見せるが俺は構わずに言葉を続けた。
「皆まで言う必要はない。今はただ食事を楽しむだけで良い。そうだろう? ん?」
そしてリースの肩に手をかけて同意を促す。
「え? は、はい」
こうして俺はリースとの会話を強引に打ち切った。
関わりたくない。全力で面倒事はお断りしたいのである。
大体、現状この艦の状況把握も済んでいないというのにこれ以上の問題の追加は勘弁願いたい。本来我々がすべきなのはこの異世界の調査であって政治ではない。そもそもここでイレギュラーな存在である俺たちがこの世界での理に容喙するなどあってはならないことなのだ――といった金科玉条を以てしてこの案件は聞かなかったことにする。
それはそれとして造形はともかく不純な政治性を感じさせるものは文化としての料理には望ましくないのだ。68点。
…………
続けて俺は気を取り直してミルノの方に目を向ける。
その手元を見るとピザのような円盤型の生地が形成されているのが分かった。当然ここにはドーナツ生地以外の食材は無いのでピザの様にその表面を彩るトッピングは存在しない。
しかし、ただの円盤では無い様でその表面には複雑な模様が刻まれていた。それを見た俺はすぐに地球の中央アジアで作られる丸い平焼きパンを思い起こす。
勝手が全く異なるはずの異世界で生きるために必要な食事において元いた世界との文化的共通点を始めて目の当たりにした俺は少なからず興奮しながらミルノに声を掛けた。
「ミルノ。その模様にはどんな意味があるんだ?」
そう質問しながらも既に俺は憶測を巡らしていた。確か中央アジアの場合はその文様が魔除けや幸運などの願いを込めたものであるはずだ。これもおおよそそれに類するものであろう。
そのような回答を期待していた俺にミルノが答えた。
「主様。これは中位魔法の『炎熱』の魔方陣です。
ここに魔力を流し込んで投げると相手に吸着して炎で焼き尽くすのです。
特にこの部分の文様が重要で……」
「はい! どーーーーん!」
俺は最後まで言葉を聞かずにミルノの手元からそれを奪うとひっくり返して調理台に叩きつける。
「ああっ! 無体なっ!」
心外とばかりに俺を見るミルノ。
「俺は料理を作れっつったんだ!
何、勝手に危険物をこしらえてるんだよ!
このたわけ! うつけ! 間抜けーーっ!!」
そう俺は声を荒げて厳重注意し、以後勝手にその様なものを作るのを厳禁する旨を申し渡した。
問題外。0点。
…………
さてどん尻に控えしは三姉妹随一の問題児かつオチ担当のエルベである。
どうせ例のアレとかなんでしょと思いつつエルベを見ると想像に違わぬソレが手元に成型されているのが見えた。
どう見ても男性の大きな自身であった。
……つか、長げえよ。
所持者が肩に掛けられるか椅子に座ったら床に付くヤツじゃないですか。
そうして0コンマ数秒で懲罰を与えるべくじょうろ砲に手を伸ばした俺であったが、ひとつの考えに思い至り手を止めた。
――もしやこれは男根信仰なのではなかろうか?
俺はその推論についてその場に佇み思考を巡らす。
男根に限らず性器を信奉するという文化は地球でも古くから存在するのである。その痕跡は古代ローマ、ギリシャ、エジプトなどの西洋からインド、中国や日本の縄文時代などのアジアやコロンブス到達前の北米にまで求めることができ、世界各地の人類の文化発祥の最初期にその存在を認められるのだ。
日本では現在でも金山神社のかなまら祭にそれらを見ることが出来る。そちらの方は例のご立派な神輿が有名なことで下世話な目で見られることが多いが本来は子宝や安産祈願の為のものである。とは言え屋台で売られている男女のアレを模った飴細工とかが並んだ光景を見るともう既に観光地化が進んでその役割が薄らいでいる様に思えるが、時代が変わって目的が変容しようとも文化は文化である。
そして、その祭の物珍しさになにやら外国人観光客に人気らしいが、正直言ってそういったものはアメリカとかの方がもっとドギツいので何故わざわざ日本まで見に来るのか不思議である。あちらの場合はもっと笑えない感じで写実的であって男性の反り返ったアレを模ったチョコレートのそれはリアルに血管が浮き出ており、女性を模ったケーキに至ってはアレのアレが真っ赤な砂糖漬けのチェリーであったりする。
そんな風に今度こそ地球とこの異世界との文化的共通点を見出したのでは? と思い改めてエルベに目を向けると
「アンタって子はもーーっ! いつもいつも、どれだけお姉ちゃんに恥かかせれば気が済むのーーーーっ!!」
とリースがエルベの胸ぐらをつかみ往復ビンタの連打を浴びせかけているのが目に入った。例によって折檻を受けている本人は恍惚の表情を浮かべている。はい、マイナス一万点。
そして俺は自分の文化理解の浅さに心中で冷笑を浮かべつつ、黙って調理台に残されたモノを適当な長さにちょん切ってドーナツ状に成型した。そうして出来上がった男根信仰改め、ディエゴ・マ○ドーナツを自身の未熟さと共に高温の油に投じたのであった。




