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異世界宇宙戦艦の大家さん  作者: 井上尭彦
戦闘詳報第二号 異界探索編
42/64

宇宙戦艦の誓い

 さて、艦の巨匠ことマミヤの料理が終わった後はお馴染みの実食である。


 今、我々の座るテーブルの上にはマミヤが調理した大量のドーナツが山盛りで積まれて皿の上に鎮座していた。揚げたてのドーナツ山塊の熱気が顔に伝わり、その甘い芳香が鼻孔をくすぐる。


 よく思えばリース達に劣らず俺も久々にまともな食事であったので思わぬ期待感に胸を膨らませていた。

 地球に居た時分は甘いものが好きで付き合う相手もいなかったクリスマスには一人でわざわざデパ地下まで足を運んで大枚をはたいて購入した豪華なホールケーキをヤケ食いして独り身の寂しさを紛らわしていたりもしていたものだ。

 ドーナツは殊更好きという訳では無かったが、何やら無性に食べたくなった時にドーナツ屋に行ってこのオールドファッションドーナツを必ず食べていた。


 きつね色に揚がったドーナツはお手本通りに表面がはぜてささくれ立ち、見た目にも香ばしそうな感じがして食欲がそそられる。横でジッとソレを凝視して座っているリース達とカスミを尻目にひとつ手に取ると口に運んだ。


 俺がドーナツに噛り付くと揚げ物特有の臭いと共にサクッとした歯応えに続いてしっとりとした中身が口内に入る。それを口の中で咀嚼すると小麦粉と卵の優しい風味と柔らかな甘さが舌の上に広がった。文句のつけようのない定番通りのオールドファッションドーナツだ。俺は日本でも味わったその素朴な風味をゆっくりと堪能し、もう二度と戻ることは無いであろう遠い故郷に思いをはせた。


「美味しい……美味しいぞ、マミヤ。星3つを進呈しよう」


 と、俺は目の前に立つマミヤを称賛の言葉を贈る。


「ありがとうございますぅ、マスター。お喜び頂き光栄ですぅ」


 そう、マミヤが微笑みながら言葉を返した。


「カスミも食べてみろ」


 俺は続けて横でその様子を見つめていたカスミにドーナツを食べるように促す。


 カスミは「いただきます」と小さく言葉を発しておそるおそるドーナツを口にする。少し口内で咀嚼してから目を見開き、すぐさま再び噛り付いて黙々と食べ続けた。どうやら彼女の口には合った様子でそれを見た俺は今回の苦労が多少報われた思いがして安堵する。


 いい加減、腹をすかしているリース達の獲物を見るようなギラついた眼が限界だったので食べる許可を出すことにする。


 しかし、その前に。


「エルベ。まずお前がソレを食べてみろ」


 と、俺が指示した。


「はい! 頂きます!」


 そう返事をしてエルベがドーナツを手に取ると勢いよくかぶり付く。

 もぐもぐと口の中でゆっくりと咀嚼すると途端に顔をへにゃりと崩して恍惚の表情を浮かべた。暫くの間、その味を堪能した後で口の中のものを嚥下(えんか)する。

 そうして再びエルベがドーナツに口を付けたところを観察した後にカスミに尋ねた。


「カスミ、あいつの状態に変化はないか?」


「はい。食前と比較した結果、表面体温および心拍数に変化はありません。身体状況に大きな変化は見られませんでした」


 ありていに言えば毒見役である。三人まとめて倒れられるより犠牲は少ない方がいい。もっとも、こいつは皿ごと食っても死にそうにはないような気がするが。


 ともかくもカスミの観察結果を聞いて少なくとも彼女たちにとって即効性の毒とはならないと判断する。遅効性の毒や何かの種族固有のアレルギーとかになる可能性もあるがそこまで保証はできないのでそこはなるようにしかならないだろう。

 ちなみに俺の場合は人工強化ボディなのでなんとかニウム入りのロシア料理でも問題なく美味しく頂ける。


 そう確認した後にお預けを食らって恨みがましくエルベを見ていた残りの二人に対して俺は


「取り敢えずお前たちが食べても害がないようなので食べて良し。

 カスミ、マミヤもどんどん食え。早いもの勝ちだ」


 と宣告した。

 その言葉を聞いて「ああん主様、ひどいです」とエルベが顔を紅潮させて抗議し、他の二人が少し顔を引きつらせる。しかし、二人はよほど空腹に耐えかねたのか他の者が次々とドーナツに手を伸ばすのを見ると、おそるおそるドーナツをひとつ手に取ってためらいつつも口に入れた。

 そして、口の中でもきゅもきゅと控えめな感じで味わうと


「すごく美味しいです! 主様!」

「あ、甘い……甘いです! ああ! こんな食べ物初めてです!」


 と惜しみなく称賛の言葉を発する。

 二人とも初めて見る満面の笑みを浮かべて夢中でドーナツを頬張り始めた。


 俺も次のドーナツを手にしてその素朴な味わいを堪能する。このオールドファッションドーナツはべったりとしたくどい甘さが無く、控えめな優しい味でいくらでも食べられそうな感じがするのが素晴らしい。


 おれは三個目を食べる前にマミヤにホットコーヒーを注文した。例によって合成だがもうこうなってはどうでもよくなってきたので気にしない。それを見たリース達が興味を持ち同じものを所望したが口にしてベタに「苦い」とかぬかしたので例によってクリームと砂糖を大量にいれてやったりした。俺とカスミとマミヤはブラックでコーヒーを飲み、口の中の甘さをリセットしながらドーナツを続けて堪能する。


 テーブルの上のドーナツが繋ぐ異界同士の交流の輪が広がって穏やかな空気が漂う。


 そんな中で俺はカスミに尋ねた。


「どうだ、カスミ。

 これが人間の食べる『料理』というものだ。何か分かったか?」


 それ聞いたカスミは手にした食べかけのドーナツをしばらくじっと見つめていたが、俺の方に真剣な面持ちで顔を向けて答える。


「まだよく分かりません。

 でも何と言っていいのか……『温かい感じ』がします」


 俺はその言葉に驚いてカスミを見つめた。


 そして俺は気付く。

 自分が心のどこかで今の状況を真剣に考えていなかったことを。

 目の前の彼女が俺の指示に忠実であろうということに自分は本当に誠実に向き合っていただろうか?


 カスミの頭に手をのせて優しくなでながら伝える。


「良かったな。それが正解だ。

 だが、まだまだ学ぶことは沢山ある。これからも一緒だ」


 カスミは戸惑った様子で少しの間、黙って俺を見つめていたが


「了解しました。マスター。

 これからもよろしくお願いします」


 と短く答えた。


 俺は神でも他の誰でもない自分自身にそれを誓う。

 自分がここで成せることをどんな形になろうともやり遂げようと。


 こうして俺の本当の意味での異世界生活が始まったのだった。

2020.02.08

という訳で第一部はここで終了です。

ご覧の通りまだこの話の入り口程度なので続く予定ですが今後の更新は未定です。

第二部としての再開は春頃を目標としていますが、主人公以外の視点で閑話として不定期に投稿するかもしれません。まあ、あくまで予定ですし結局のところ作者のやる気次第なので過度な期待しないでください。


という訳で繰り返しになりますが続きが気になる方やこれまで日参して頂いた方は今後は直にアクセスしても無駄足となりますのでお手数ですがブックマークして他の作品をご覧になる傍らで当作品の更新チェックするようお願いします。

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