宇宙戦艦の異世界は地獄を見た
――数分後。
ようやく痛みも引いてきたのか目の前のヒュドラの動きが収まり、今はぐったりした様に床に突っ伏して大きく息を整えるように巨体を緩慢に上下させている。
そんな光景を眺めながら俺は手の中の光子ブレードの威力に改めて戦慄した。
* * * * *
SRNBA-SHSの核となっているのはこの光子ブレードのような非殺傷兵器だ。
非殺傷兵器はスポーツチャンバラのエアーソフト剣のように全く痛みを与えない物とは異なり、苦痛や衝撃またはそれに類する方法により相手を死傷させることなく無力化する兵器である。
その形態は様々だが基本的にSRNBA-SHSで使用されている非殺傷兵器は接触した対象に電撃と低周波振動を与え、さらにその皮膚組織下に一時的に複合痛覚刺激物質を生成するという仕様で統一されている。
つまりSRNBA-SHSでは死傷の心配が無い代わりに必ず苦痛が伴い、戦いの中で自分より先に相手に強い苦痛を与えることで心を折って屈服させるという事こそがその勝敗を決める基本的なルールなのだ。
もちろん、双方の合意なしにそのような苦痛を与える行為は厳禁されているし、ランクに応じて厳密なレギュレーションが定められている。実際、学校教育で適用されるレギュレーションは剣道や柔道より安全かつ苦痛も少なく、一部は有効打によるポイント制度も併用されている。同様にトッププロのイベントにおいても21世紀のプロ格闘イベントのレベルを超える苦痛を与えるような規定は基本的に存在しなかった。
だが、その歴史の中でたった一度だけそれらの規定を大幅に超えるレギュレーションが存在した。
それがレギュレーション・特SSSランクである。
23世紀の始まりとなる西暦2201年の1月1日に行われた全太陽系SRNBA-SHS統一王者決定イベントにおいてその特SSSランクが急遽適用されることとなり、その詳細は試合が始まるまでごく一部の関係者を除いて知らされていなかった。
そして、全太陽系生中継で放送されたそのバトルロイヤル形式の試合において観客は鬼神も涙する地獄さながらの光景を目にする事となるのである。
その語るも恐ろしい内容は割愛するがまさに一撃必殺レベルと銘打った想像を絶する激痛により試合中に失神者はもとより失禁・脱糞・一時的幼児退行者が続出した。
その犠牲者の言において
「狂ってる」
「死んだ方がマシ」
「こんなのを考えたヤツは今すぐ銃で頭を打ち抜くべきだ」
などの数々の有難いお言葉を頂戴して放送局に向けて大量の苦情が殺到した結果、めでたくSRNBA-SHSにおいて特SSSランクは永久封印と相成ったのである。
* * * * *
そして今、俺が身に着けているこの『宇宙警部シャルバリオン』こそが当の伝説の大会でチャンピオンに輝いた衣装であり、封印された極悪レギュレーション特SSSランクに準拠した禁断の装備なのであった。
それはいいとして……
「カスミ。この光子ブレードの威力にある『30億ハナゲ』ってのは何だ?」
そうカスミに質問すると
<『ハナゲ』は22世紀中盤に制定された痛みの単位です。
鼻毛を1本抜いた痛みが1ハナゲの単位となっています>
との答えが。
その単位、マジで正式な基準になったのかよ……
と俺が呆けていると
<なお、1000ハナゲは1『タンス小指』に相当します>
追加でカスミが無駄な知識を披露した。
なんだそれ……いや、何となく解るけど……。
今要るか?その情報。
そんな、23世紀のスーパーヒーローショーの暗黒史に複雑な思いを巡らせている間にヒュドラはようやくその激痛から回復したようで、再びこちらに相対して立ち上がった。
「な、なんだ! 今*は!! お前は一体何*者だ!!」
「うぅっ……痛い…………痛*よぉ………………」
「あぁん…………ステキ…………こん*の初めて…………」
そんな三者三様の反応をするヒュドラに対して俺は
「俺はここの主だと言っただろ!
これが最後の警告だ!今すぐ降伏しろ!
さもなくば……」
そう通告して再び光子ブレードを構える。
その姿に一瞬ひるんだ様子を見せたヒュドラは
「そ、そんな脅し*効くも*かっ! 偶然だっ!! 次は**の番だっ!!」
「うううう……やだ*ぉ…………もうやめ*うよぉ…………」
「うはぁん…………もっとぉ………………」
と、様々な反応を返した。
約一匹、戦闘意欲を喪失したようだが多数決で続行の模様。
しばらく互いに相手の様子を見て対峙するが向こうは先ほどの激痛が余程こたえたのか向かってくる様子が無い。
「ならば、こちらから行くぞっ!」
俺はそう叫んでヒュドラへ向かって駆けだした。
それを見たヒュドラは慌てた様子で
「うわわっ! 来*な!! 来*なぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「いやっ! も*いやぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ああん……いいわぁ……来てぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
などと叫びながら三つの首から同時に炎弾を発射した。
俺は左右に不規則なステップを踏んでそれらを回避しながら接近すると光子ブレードを逆手に持ってヒュドラの正面で叫びながら大きく跳躍した。
「シャルバリオン・スターライトキィィィック!」
バチィ! とヒュドラの胴体に俺の飛び蹴りが命中する。
そして、着地と同時にその下腹部に
「シャルバリオン・ライトニングパァァァァンチ!」
と叫びながら正拳突きを決めた後、流れるように素早くヒュドラの側面に回り込み、
「トドメだっ!」
最後にその脇腹へ光子ブレードを横薙ぎに振るってすれ違うようにヒュドラの背後へ駆け抜けた。
背中越しにヒュドラの身体から巻き起こるボンッ! ボンッ !ボンッ! という子気味良い炸裂音を聞きながら振り向くと
「ぐふぉぉぉぉぉ! いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「いっ、痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「あはっっっ! いいぃぃぃぃぃぃぃぃん!!!!」
と、絶叫を上げつつ先ほどより幾分盛った感じのリアクションでまたしても床を転げまわるヒュドラが見えた。二回目だし、いささかオーバーアクション過ぎるので少し興ざめな感じではある。プロの芸人ならば少々辛い点数が付くかもしれない。
まあ、技名音声入力アクションでパンチとキックの威力は1.3倍となり、最後の斬撃は3連続コンボボーナスで1.6倍の威力となるのだからそれを考慮すれば合格点を与えても良いのではなかろうか。
なんにせよ朝に嗅ぐヒュドラの焦げる臭いは格別である。
こうして元の世界で伝説となった阿鼻叫喚の地獄絵図を異世界で再現した俺はこの戦いの勝利を確信し、異世界での初めての知的生命体との長時間にわたる肉弾交渉を成功裏に導くべく最終局面へと行動を移すのであった。




