宇宙戦艦のお婿サンバ
戦艦日向より無言の退艦を果たした俺は後ろを振り返り、改めてその全容を見つめた。
今は艦内の探索が最優先だがひと段落つき次第、この戦艦日向で異世界の大空を思うままに駆け巡りたい。そんな想いを心中に抱きつつ後ろ髪をひかれる思いで先を急ぐことにした。
俺は再びホログラム映像で手前に艦内図を表示し、現在位置と目的地の確認を行った。目的地のイベント用厨房へはここから一般入場者用食堂かイベントホールのどちらかを経由して到達することが可能だ。
俺は艦内図を閉じるとカスミに指示する。
「カスミ、隣接する部屋の状況を報告してくれ」
<報告します。
一般入場者用食堂とイベントホール共に大きな動体・生命反応はありません。空気・温度・湿度などの環境および危険度はこの展示エリアと差異がないと判断します。
ただ、一般入場者用食堂はイベントホールと比べ、外部よりの侵入植物の繁殖が激しくイベント用厨房へ進むためには大量の侵入植物を排除する必要があります>
そう、カスミが答えると目の前に両部屋のモニタリング映像が表示された。
薄暗い灯りに照らされた一般入場者用食堂は部屋一面に縦横にびっしりとツタが生い茂っており、足の踏み場どころか先に進むのも難しい有様だった。
一方でイベントホールは平らな床にまばらに木の根が這っているだけで通行は容易に見える。
一般向けに食堂は常時解放されているがイベントホールはイベント時以外は閉鎖されているのでこの違いとなったのだろう。
迷う事も無くイベントホール経由でイベント用厨房へ到達するルートが最善であろう。
「カスミ、俺はこれよりイベントホールを経由してイベント用厨房に進むことにする。
引き続き、周囲の状況の監視を行ってくれ」
<了解しました、マスター。
継続して展示エリア周辺の監視を行います>
俺はカスミに簡単に指示を出し、イベントホールへと続く通路に歩みを進めた。
イベントホールに向かいつつ、俺は艦内ネットで見たこの戦艦建造当時のイベントホールの映像を回想する。
* * * * *
このイベントホールでは例の『軍これ』240周年記念イベント『彗星カーニバル』の各種催しが行われていた。
『軍これ』のキャラクターの声を担当する多数の声優のトークイベントや歌や小芝居が披露されるのは俺が人間だったころと同じだ。
ただ異なるのはその声優の半数以上がバーチャル再現声優であることだ。
23世紀の最新鋭AIおよび音声合成技術は過去に亡くなった名声優の復活を可能とし、その生前の姿までを再現して舞台上で当意即妙のフリートークまで行うようになった。
その結果、この『彗星カーニバル』では昔に俺が見たそういったイベントと異なり、舞台上にうら若い男女のアイドルみたいな声優に混じって、昔どこかで見たような50歳以上位のいかにもベテラン然としたおっさん、おばさん声優が垣間見えるという何とも言えないカオス感が漂っていた。
もっとも、そう感じるのは俺が21世紀の感覚の人間だからであって、映像を見た感じでは観客は普通に受け入れている様子で大層な盛り上がりで多くの声援が飛んでいた。
まあ、それはいいとして……
なんすか、『彗星サンバ』って。
なんかチョンマゲで白い旧日本海軍の第2種軍装を身にまとって化粧をしたおっさんが多数のバックダンサーを引き連れて腰をくねらせて熱唱してるんですけど……
いったいナニで盛り上がってるんですか彼らは。
* * * * *
などと取り留めのない思索に耽りつつ歩みを進めていると、間を置かずして当のサバトが繰り広げられた会場への扉にたどり着いた。
展示エリアからイベントホールへ続く通路は短く、木の根の繁殖具合は全体から比べるとややおとなしめの方だ。そのイベントホール入口の扉にもツタが覆いかぶさっており、永らく人の出入りが無かった事を如実に物語っていた。
俺は例によってマチェットを取り出しさくっと邪魔なツタを除去して、間を置かずして扉を開きイベントホールに足を踏み入れた。
必要最低限の灯りに照らされたイベントホールはただ広いだけの殺風景な空間だった。
数万人の人間を一度に収容できるだけあってドーム球場のように広大な面積を誇るが、客席やステージは使用しない場合は収納されているため、今はただのっぺりとした床と壁しか見えず、僅かばかりの装飾として床にまばらに木の根が這っているのみだ。
ここを抜ければ直ぐに目的地のイベント用厨房に到着するのだが……
「何だ? あれは……」
イベントホールの奥に鎮座する赤銅色に鈍く光沢のある小山のような物体が否が応でも目に入る。
子供のころに夜の帰り道でカラスの鳴き声を聞いてしまった様に嫌な予感が心を侵食していく。
「なあ、カスミ…………あれは何だ?」
そう、カスミに問いかけると
<マスター、質問の内容が不明です。
このイベントホールにはマスターの他に障害となるような生体反応および無機物の物体は存在しません>
と、予想だにしない返答が戻ってきた。
「え……」
こうして思わず短く絶句の言葉を発した俺はこの安全なはずの探索も終盤という所で、見知らぬ異世界において初めての怪奇現象に直接対峙せざるを得なくなったでのある。




