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異世界宇宙戦艦の大家さん  作者: 井上尭彦
戦闘詳報第一号 異界覚醒編
18/64

宇宙戦艦の新人教育

 気を取り直して目の前の物体Xを片付けることにする。


 まずは水に口を付けて一口飲んでみる。


 うん……水だ。ミネラルとか一切無しの蒸留水で全く無味無臭である。

 まあ、これはいいとして問題はもう一方である。


 このドロリと乳白色の液体を見た限りはアレ(わからないよい子はお母さんに聞いてみてネ)を連想させずにはいられない。

 ひとまず、コップを手にとり鼻に近づけてニオイを嗅ぐ。

 とりあえずヘンな臭いはしないようだが……


 テーブルを挟んで向こう側に座るカスミは既に完食しており、何をすることもなくこちらをうかがっていた。

 毒やイヤガラセの類ではないと分かっているのだが、正体不明の液体を手にしたまま硬直していると。


「マスター、どうかなされたのですか?」


 カスミが声をかけてきた。


「いや、大丈夫だ。問題ない……」


 と、なけなしの気力を振り絞って一気に物体Xを飲み込んだ。

 味は僅かに塩味と甘みのあるネバっこいプロテインといった感じでお世辞にも美味しいとは言い難いシロモノであった。きょうび、胃がん検診のレントゲンで飲むバリウムの方がまだ気が利いているだろう。

 時間をかけても苦痛が長引くだけなのでそのまま全てコップの中を飲み干した。



 こうして、俺は目が覚めてから初めての食事を散々な感じで終えると、目の前にある問題に取り掛かる事にした。


「カスミ。 今までこれ以外の食事をしたことがあるか?」


 そう問いかけると。


「いいえ、必要な水と有機物を補給するためにこれ以外は摂取したことはありません」


 と、カスミが答えた。

 そこで俺は続けざまにカスミに質問する。


「では、人間の食べ物については知っているか?」


「はい、小麦が原料であるパン、牛肉を切って焼いたステーキ、塩や調味料などで味をつけて刻んだ各種野菜や肉を水に入れて煮込んだスープなど多様な料理が存在することは認識しています」


「それらの料理を食べようと思ったことはないのか?」


「いいえ、この身体を維持するためには先ほどの食事で事足りますし、非効率的なので必要ありません」


「じゃあ、人間は何であえて非効率的で手のかかる多様な料理をとるのか理解できているか?」


「栄養を摂取するための手段としての食事を楽しむため……と人間についての知識にはそう定義されています」


「それでは何故、人間は食事を楽しむ必要があるんだ?

 何故、非効率的で無駄な手間をかけて料理をするんだ?」


「………………」


 そこまで問い詰めると、カスミが硬直して沈黙した。

 俺はじっとカスミを見つめると続けた。


「俺は別にカスミを非難しているわけじゃない。

 これからの使命を達成するための障害となる重要な問題を確認したかっただけだ」


「問題……ですか?」


「そうだ」


 と俺は首肯した。


 人間が食事を楽しむための料理とは人間社会の精神的な文化であり、効率とは関係ない人間社会を形成する象徴のひとつである。

 自動車やコンピュータなどの物質に象徴される文明は人間社会の繁栄に必要な利便性や効率性を求められるが、文化はそうではない。

 年越しそばや花見などの文化は時に非効率で不可解で人間社会には必須とは言えないものだ。

 今回、我々がこの世界を調査するにあたり、もし、単に動植物や環境を調べるだけでは文化など不要だろう。

 しかし、ここには言語を話し、独自の文化を持つ知的生命体がいる。

 そのため、彼らの文化を理解するためにも比較対象として我々人間社会の文化に関する経験に基づいた知識が必要なのだ。

 まあ、専門家に言わせればずいぶん乱暴な意見なのだが以上のようなことをカスミに言葉を重ねて説明した。


「……という訳でカスミには人間の文化について経験に基づいた血肉の通った知識を学んでもらわなければならない」


 と、俺はそう告げた。


「仰る意味は理解しました…………ですが、私に可能でしょうか?」


 カスミはややためらいがちに尋ねる。

 まあ、無理もない。創造者たちも地球外惑星探査で人間以外の知的生命体がいるという事態は本気で想定していなかったのだろう。人間以外の知的生命体に遭遇する確率自体がほぼ0%だし、あまつさえ存在すらしないという意見もあるくらいなのだ。

 そうである以上、初めからカスミに知的生命体の調査に対してその場に応じた適切な対応を期待すること自体が無理筋であろう。

 だからこそ俺はこの問題に対してなすべき事をしなければならない。


「今まではたった一人で使命を果たすために頑張ってくれたんだろう?

 よくやった。ありがとう、カスミ」


 と、俺が頭を下げて感謝を伝えた。

 カスミは緊張するように身を固くしたまま何も答えずに俺を見つめていた。


「しかし、これからは俺がいる。

 困難な使命でも二人で一緒に取り組めば解決できるはずだ」


 そう語りかけるとカスミはおもむろに席を立ち、俺の前に立つと丁寧にお辞儀して答えた。


「了解しました。

 ヒュウガ級宇宙戦艦一番艦『ヒュウガ』補助制御機構AI"カスミ"、

 マスターの指揮に従い、地球外惑星探査を達成することを誓います」


 俺は頷きながらカスミの顔をみる。

 その顔は初めて会った時と異なり、ほんの僅かばかり微笑んでいるように見えた。


 こうして俺は目覚めから一歩もこの部屋から出ず、まだロクに働いてもいないにもかかわらず、カスミからとりあえずの信頼を得ることに成功したのだった。

 そして未だに最初の「働かない」という決意に未練を残したまま俺は望まない労働に取り掛かることする。

 その労働の後で僅かばかりの平穏が訪れることに希望を残して。

 

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