26 真意
「ちょっとどういうつもりなの、グッさん!」
思考が停止した俺に代わって、ニャミィさんが疑問を口にしてくれた。それでもグッさんの態度は変わらない。
「せっかくこれからナルちゃんと仲良くやろうっていうのに」
憤慨するニャミィさんの顔を見て、やっとグッさんは事態の異常さに気がついた。目を丸くさせながら、ダボついた手足をバタバタさせる。
「違う違う、誤解だよ! なにも除け者にするとかじゃない」
じゃあどういう意図での発言だったのか。俺とニャミィさんの視線がグッさんへと突き刺さる。
針のむしろの上から、グッさんの弁明が始まる。
「ナルの体調が心配だからさ」
俺たちの顔色を交互に伺いながら、グッさんは口を開いた。口調はシリアスなままだが、そこに冷たさはない。再び誤解を与えないよう、慎重に言葉を選んでる感じだ。
「聞いた話、彼は始めてから毎日激しい戦闘をしてたんだろ?
疲れが溜まって気分が悪くなってないか心配だったんだよ。VRは臨場感をウリにしてる分、人によってはすぐに酔うからね」
「そうなのナルちゃん?」
今度は俺へと視線が集中する。
確かにチューニを始めてから俺の疲れは溜まる一方だった。
初日は暴走事故、昨日はクズ男に王子にと騒動が起きた。理由が理由だしストレスも感じてはいるが、そこまで深刻な症状の自覚は無い。
グッさんの言うことは誰が聞いても正しいものだ。過ぎたるは及ばざるがごとし。俺も少しゲームから離れた方が良いだろう。
これからって時にお預けくらうのは不本意ではある。でも健康は大事だからね……考えが少しオッさんくさいか。
「わかりました。端末はしまっておきます」
「いやいやいや~、そんなガッカリしないでよ」
そんな落ち込んだように見えたのか、グッさんのフォローが入る。
「ゲームは始めたてが一番面白いからねぇ。プレイは控えた方が良いけど……
それなら次のログインまでに課題を出しておこうか」
グッさんの目が妖しく光る。「課題」と聞くと授業を思い出してあまり良い印象はない。でもゲームに関するグッさんの課題となると、なんだか楽しそうだ。
それはニャミィさんも同じらしく、身を乗り出して聞いていた。
「なんてことは無いよ、ただカード構成を見直すだけさ」
「ナルちゃんのは剣以外、まだ手つかずだもんねー」
ニャミィさんの言うとおり、俺のカードは未だにコスモ・メビウス以外は初期のままだ。良い機会だし色々考えてみるのも悪くない。
「そうですね。端末で色々画像検索して取り込んだりしてみます」
俺の端末は旧式ながらも普通のスマホとして機能するという。カードの変更の仕方などの勝手は良くわからないが、他のゲームの動画や武器の画像とかを適当に漁ってみるか。
「その娘のキャラが定まってるなら、それに合わせて肉付けすれば良いけど。そうでないなら、まずは【ファイヤーボール】と【ヒール】を一枚づつ変えてみるのをおススメするよ」
「わかりました。でもどうしてその2枚なんですか?」
グッさんはさりげなく目を逸らした。
「さっきは後れを取ったがね、カードの被りはそれだけ戦いの選択肢を狭めてるんだ。当然相手にも手の内を読まれやすくなる。
五枚のカードはキャラの拘りがなければ別々にするのがセオリーだよ。さっきは後れを取ったがね」
言葉を繰り返すあたり、案外根に持つタイプだなグッさん。
「でも私【ダブル】のカード二枚入れてるよー。ダブルだけにー」
「…………」
ニャミィさん渾身の一撃、しかも追加効果で場の空気を凍りつかせた。案の定グッさんの顔からは生気が抜け落ち、部屋の中は微妙な雰囲気に包まれた。
犯人のニャミィさんは上手いこと言ったつもりでニヤニヤしている。カワイイんだけど今はブン殴ってやりたい。
「わっわっかりましたぁ! 俺いろいろ考えときますねっ!」
元気よく立ち上がりぴょんぴょんしたり、回ってみたりする。へったくそな場の和ませ方だが、少女姿のおかげで許されてると信じたい。
「……ニャミィさんは、他にアドバイスとかある?」
グッさんは絞るような声でニャミィさんに話を振った。
んー、と人差し指を唇に当ててしばらく考え込む。
「勝手に決められたとはいえ、せっかく可愛い女の子になれたんだもん。もっとオシャレしたりその娘の設定をいろいろ考えてみたらどうかしら?
アバタースペックにも関係してくるし、より強く
「ニャミィさん、ニャミィさん。その話は今日はいいから、あんまり新しい用語は出さない」
「あっ! そ、そうねナルちゃん。難しい話はまた今度ね、ちょっとづつ覚えればいいからね。ハハハハ」
アバタースペックは言葉の意味からして、アバター自身の強さのことを指してると思う。そしてグッさんの方が教えるのが上手いんだろうなとも思った。
「じゃあ今日はこれで解散にしましょうか。二人ともお疲れさまねー」
ニャミィさんは手を振るとパッとその場で消えてしまった、ログアウトしたのだ。ちょっとしか話せなかったのは残念だが、子供が熱を出してたんだっけか。それなら仕方ない。
「さっきは酷いこと言って済まなかったね」
フレンド登録を済ませると、グッさんはあらためて俺に謝罪した。勢いよく頭を下げたため、落ちそうになった帽子を必死に押さえてる。
「良いですよそんな気にしなくて。むしろ俺の体のこと気遣ってくれてありがとうございます」
「でも不思議だなぁ……」
グッさんは俺の顔をマジマジと見ながら呟いた。AIのことを勘ぐられてるのかと俺は身構える。
「話しぶりからしてそのロリッ子に愛着あるわけではないし、かといってゲームを楽しんでる風にも感じない」
「…………」
「勝つこと、強くなることを第一に考えてて凄く窮屈そうに見えるよ。それが余計に心配だったんだ。まぁ年長者のお節介だよ」
ハハハとグッさんは笑って挨拶すると、ニャミィさんと同じように消えてしまった。
薄暗い楽器部屋の中には俺だけが取り残された。立てかけられたギターの一本を手に取ると、俺は再びパイプ椅子に腰かけた。
「窮屈……か」
指で弦を弾いてみた。低い無機質な音色はすぐにマイルームの壁へと吸い込まれていった。
俺が強さを目指すのは何のためだ? 瑠璃に、チャンプに勝つためだ。
瑠璃に勝つのは何のためだ? 今までコキ使ってたのを見返すためだ。
瑠璃を見返すのは何のためだ? 幼馴染として対等に接するためだ。
対等になるのは何のためだ? 何のためだ? 何のためだ?
「俺は、瑠璃を……瑠璃の……何なんだ?」
考えれば考えるほど、思考はアリ地獄のようにドツボに嵌っていく。ならば強さの先には、地獄の底には何が待っているというのだろうか。
深く目を閉じてからの深呼吸。何度か繰り返した後で、俺は端末を操作した。指がひどく重い。
目を瞬きさせても視界が闇に閉ざされたのを確認すると、ゴーグルを外して毛布の中にもぐりこむ。
明日は土日だ。パジャマに着替えていないが、このまま床についても問題ないだろう。
その日の晩、俺は夜を通して頭痛に苛まれた。やはりグッさんが言った通りVRによる疲労が一気にきたのだろうか、それとも……
そして土曜日を丸一日ベッドの上で過ごした。ようやく気分が晴れた深夜、日付は月曜日に変わっていたのだった。




